「22年目の告白」←超ネタバレ

副題は「私が殺人犯です」 22年前の未解決なまま時効をすぎてしまった連続殺人事件の殺人犯が告白本の出版記念記者会見をするところからはじまるこのお話は、とても残酷で、ちょっぴり物悲しい内容でした。

告白本の著者・曾根崎を演じているのは藤原竜也。美しき殺人犯なので、その造形はとてもきれいです。逃げのびた殺人犯が告白本を出版したうえに華々しく記者会見をひらき、その素顔を晒す。まだ時効が適用されていたギリギリの殺人事件。当時、殺人の時効はたったの15年だった。その連続殺人事件は証人をひとり必ず残しておくという特異な殺人事件だった。殺し方は同じ。親しい人に殺人現場を目撃させる。娘に父親の死に様を見せつける。夫に妻が死んでいく様子を見せつける。そして目撃者を殺さない。
告白本ではそれらの殺人を「私の作品」として照会している。
父親を殺された娘は「お父さんは二度殺された。この男に!」と叫ぶ。そんな遺族たちの憤怒をよそに、大衆はこの殺人犯を「ソネさま」と呼んで、熱狂する。とくに若者たちがね。ありえますね。なにしろ美形ですから。美形の殺人鬼。薄い本が出たりしそうです。

この映画にはそこかしこにヒントが隠されていて、それがラストですべてつながります。丁寧で、とてもわかりやすい。スタッフが愛をこめてつくりあげた作品というのが伝わってきます。わかりやすいけど、わかりやすいからこそ、心に残るのはなんともいえない絶望感だったりする。映画の冒頭に、阪神淡路大震災の映像が流れます。あの震災となんの関係が?と思ったら、つながるんですよ。心情や、感覚や、そういったものが……。

というわけで、以下、超ネタバレ。

藤原竜也はクズ役が多いというか…(「カイジ」が最初だったそうですが、私的には「デスノート」の月くんがクズ役のはじまりな気がしてますよ)  殺人犯の役が多い気がします。今回の曾根崎は、そのなかでも「美」を追求したキャラクターになってます。キャラクターといったけど、曾根崎という謎につつまれた男は「つくられたキャラクター」でした。
わりと早い段階でそれがわかるようになってます。
敵対する刑事を伊藤英明が演じています。22年前の新米刑事も演じているんですけど、髪型が違うだけで若く見えたなぁ。この牧村刑事は、自身も被害家族かもしれない男でした。妹が行方不明なのです。あと自分の住んでいたアパートに仕掛けがあって、その仕掛けに様子見に先に入った先輩刑事がひっかかって落命してしまったという無念もあります。
ギリギリまで粘ったのに、むなしく時効をむかえた事件。
なぜ22年めの今、告白するに至ったのか。
真相から考えるに、22年という年数にこだわったわけではなくて、曾根崎という男を造りあげるのにそれくらい時間がかかったということなのでしょう。あの高さから落ちて死ななかったというのも奇跡なら、何不自由なく動けるということも奇跡。全身整形したからといって、いくらなんでも変わりすぎだろう!?とは思ったけど(笑
ネタバレすると、
曾根崎はクズではなかった。恋に殉じた男だった。
牧村の妹の婚約者だった。行方のわからない恋人を探しつづけていたのに絶望した男。阪神淡路大震災の被災者でもある(恋人とともに被災した) 牧村の妹は、震災後のPTSDで「生きていてごめんなさい。私もあのときいっしょに死ねばよかった。自分だけ幸せになるなんて許されない」という思いにとりつかれていたのだけど、その思いは、真犯人の心情と酷似していたんですよね。
真犯人は、かつて戦場を駆け回ったジャーナリスト。現地のテロリストに拉致監禁されて、盟友を目の前で殺された男。自分も殺されると思っていたのに何故か解放されてしまった。以来、自分と同じ立場の人間をつくるために殺人をくりかえした。
犯人は完璧主義者で、記録魔である。プロファイリングでもしたのか、その通りの犯人像が浮かびあがる。告白本を出版すればきっと食いついてくるだろうという壮大な賭けの果てに、行方不明の妹(曾根崎にとっては恋人)の死の瞬間を映した動画を見ることになる。あ、曾根崎というのは偽名です(妹・里香の婚約者は小野寺拓巳という名です)が、曾根崎にしときます。
「私が真犯人です」と名乗り出てくる、おばかな男が登場するんですが。覆面つけて、スナッフフィルムを放送局に持ちこむ男。顔を晒されてびびりまくってる様子が妙に物悲しかった。覆面していたときは態度がでかかったのに剥ぎとられたら小者感半端なくて、もう…情けない。けど、いそう、こんな人……。
犯人が完璧主義者の記録魔だったからこそ、証拠の動画を残してあった。
時効がすぎているとはいえ、自分のやったことを知らないやつが横取りしていくことが許せなかった。そして動画があったからこそ、背景の東京タワーの消灯時刻で、里香が殺された時間が時効が撤廃された日であることに気づいて「犯人を裁くことができる」というのが、ひとつの光になる。死にたがっていた男に法の裁きを受けさせる。
真犯人のこの男は、目の前で盟友を縊り殺されたときから、なぜ自分は生かされたのかと自問自答してきたようにも思える。誰かその答をくれないかと渇望していたようにも思える。けれど時効が撤廃されたときから殺人をおかしていないことを考えると結局のところ法から逃れたいとも思っていたんだろうなと思う。死にたがっている相手を殺してもおもしろくない。と、里香のことを評していたけれど、その里香は、動画のなかで首をしめられながらも懸命に生きようとしていたように見えた。
そんなわけで……
今回の藤原竜也はクズじゃなかったね。というのが、鑑賞後のひとことでありました。

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