「僕だけがいない街」←超ネタバレ

このところ隆盛を極めている(といっても過言ではない)タイムリープもの。このジャンルの作品は昔からありましたけど、最近やたら映像化されている印象があります。「オール・ユー・ニード・イズ・キル」もタイムリープものでしたしね。

タイムスリップものとタイムリープものの違いは「意図しない時間跳躍」と「意図した時間跳躍」です。
タイムリープは本人の能力や機械やアイテムを使って時間を跳躍することで、たいていの場合「誰かを助けるため」だったり「人類を滅亡から救うため」だったり「テロを未然に防ぐため」だったりします。なので積極的に事件やらその時代の人物やらに介入します。場合によっては殺人もする。それによって取り返しのつかない惨劇が起きてしまうこともあります。「バタフライ・エフェクト」とか「12 モンキーズ」とか「ミッション 8ミニッツ」「プリデスティネーション」とか。ゲームだと「シュタインズ・ゲート」とか。
スリップものは、あるとき突然わけもわからないまま過去に戻ったり未来にいっちゃった!ってやつなので「信長協奏曲」とか「テルマエ・ロマエ」とか「仁」とか、コミックだと「王家の紋章」とか「天は赤い河のほとり」とか他多数。

タイムリープ((time leap) 直訳すると「時間跳躍」 まんまですね。
タイムスリップ(time+slip) これはいわゆる和製英語です。

まあ、どっちもいっしょなんですが、なんとなく感覚的に違ってるってことで「僕だけがいない街」はタイムリープものです(前置き長いっ 主人公は「悟」 過去、ごく身近なクラスメイトが犠牲になった連続児童誘拐殺人事件が物語に深く関わってきます。原作はミステリーものとしても秀逸で、誰が犯人かわからないというドキドキ感や絶望感を味わえます。

アニメもみました。アニメ版は終盤の3話がオリジナル展開でしたけど、あれはあれでとてもよかったです。絵柄は、アニメのほうが好きでした。

さて、映画版のネタバレ感想いきます。すっかりネタバレしてますので、ご注意ください。
原作ネタバレも含んでますので、それでもよい方だけ読んでください。



主演の藤原竜也は、デスノートの月(ライト)をはじめとしてクズな役柄が多いなかで、正直、はじめてのピュア藤原でした(私が知ってるかぎりでは、ですよ。舞台は知りませんし) ピュア…! クズじゃない…! もちろん犯人でもない…!(これは最初からわかってることなので)
タイムリープのことを、悟は「リバイバル」と呼んでいる。
なぜというに映画の映像を巻き返して見ている感覚だから。
「リバイバル」が起きるときは、決まって何かしらの事故や事件が発生するときで、その事故や事件を未然に防がないかぎり、その原因をつきとめることのできる直前に時間が巻きもどってしまう。だから悟は、これが発生すると、周囲に何か違和感がないかを探す癖がついてます。そして無事に事故や事件を未然に防ぐことができると時間が進みはじめるのですよ。でもこれ悟にとっては、ありがた迷惑な能力でしかなくて、未然に防ぐことができるからそれはよしとしても、それによって労力をつかって疲れるし、場合によっては代償を負うことだってある。
この能力、映像ではとてもわかりやすかった。
ほんの短い時間のタイムリープをくり返す。1度めは何気なく過ぎようとしたらちょっと前に時間が巻き戻っていて、2度めは違和感を探すうちに事故が発生してしまう。3度めでようやく事故を未然に防ぐことができた。けれど、自身は対向車とぶつかって入院することになった。

母親の佐知子役は石田ゆり子だったので、年のわりに若いおかあさん!というのがハマってました。色っぽいし。アニメ版ではやたら「妖怪め」と悟の思われているおかあさん(若いのもそうだし、やたら勘が鋭くて、察しが早い。元アナウンサー)

この物語は、このおかあさんとの確執めいたものも主軸にあったんだけど、映画版ではそういうのはなかったな。ずっと仲のいい母子って感じだったし(原作では、こどものときに「信じてもらえなかった」ことがあって母親とは距離をおくようになっている←だからこそ母親の死に直面して、失ってはじめてわかる大切なものに気づいたりもする)

悟が現在住んでいる場所が「千葉県船橋市」 こどものときに住んでいたのが「北海道石狩市」 このふたつの地点を行ったり来たりします。母親を殺されて、こんなときこそリバイバルしろよ!と、はじめて願う悟。自分でタイムリープを願ったのは、このときが初めての筈。母親殺しの重要参考人として追いかけられる悟は、バイト先で知り合ったアイリに助けてもらったりもする。
人付き合いの薄い悟には、友だちらしき人は身近にいないんだけど、このアイリだけは、悟を気にかけてくれていて、悟の母親とも逢っていて「悟さんが、あのおかあさんを殺すわけない」って信じてくれる。

このあたりは原作と同じで。このあとリバイバルが起きて、気づいたら昭和63年まで戻ってきちゃってることに驚くという展開。小学生だけど、中身は29歳なので、映画版ではずっと心のつぶやきは藤原竜也でした。
子役たちがすばらしかったです。
連続誘拐事件の起きる前まで遡ったことで、母親の死とこの事件に関わりがあることに気づいた悟は、誘拐事件を未然に防げば、母親を殺されずにすむと考えるんですけど、この流れも映像だとわかりやすかったです。
生きている(いまとあまり変わらない姿の)母親を見て、母親のつくってくれた料理を食べて泣きだすシーンにはもらい泣きしました。あたりまえのことがあたりまえでなくなる恐怖。あたりまえのことが大切な時間だったんだと気づくこと。
そういうのが、じんとくる。

原作では女の子に間違われるくらいかわいらしい男の子だった「ひろみ」が、映画版では「ひろこ」という女の子らしい名前になっていたのは何故なのかわからないんですけども。

原作は「連続児童誘拐殺人事件」で、ひろみは女の子と間違われて殺されたというのが定説になっていた(これは警察をミスリードさせる犯人の巧妙な仕掛けだった)
映画版は「連続少女誘拐殺人事件」で、対象は少女以外にはなかった。
ここが違うと犯人像も違ってきます。前者は巧妙な知能犯で、そこにある動機は異常性愛とかそういうのとはまったく違ったものになる。けれど、後者だと、少女(10歳前後)を狙った異常者になる。10歳前後の女の子というところにも、原作には、ちゃんとした動機めいたものがありました。動機というか、トラウマかな。
映画版ではそこがよくわからない。
あと、映画版では、映像というのもあるけど、ぶっちゃけ「ミッチーが怪しすぎる!」でした。原作知ってるから「これ、バレバレじゃないか」と思ってたけど、原作知らない友人は「最初からこいつってわかるくらい怪しかったから、かえって真犯人が別にいるんじゃないかと考えてた」とかいってたな。うん。怪しい。あやしすぎる。目つきとか、視線とか、そういうのがすべて。
だから意外性はない。

最初の犠牲者。雛月加代を助けるために奔走する悟。かつての自分は人と距離をおいていたけど、それじゃ助けられないから雛月に積極的に関わっていく。自分のまわりに友だちがいることに気づいたりもする。とくにケンヤは、悟の変化にも気づいてくれる。かつては母親とふたりで祝った誕生日にみんなを呼んだりもする(映画版ではわりと簡単にそこに至る) 1度めは雛月を助けられずに、そのまま本来の29歳のところに戻ってきてしまう。けれど、警察に追われていた筈なのに、警察がいないことに気づいて、何か変わってるのかと思ったりもする(映画版) でも母親が殺されていることに変化はなかった。
このシーンで思った。

映画版は「バタフライ・エフェクト」形式なんだなと。

悟のタイムリープ能力(リバイバル)は、事故や事件の発生する元を断ち切ることで、ようやく時間が先へ流れるという能力。失敗すると、リバイバルの起きた時点にまた戻されることになる。それが失敗したのに、また最初のところに戻ったりせず、29歳の自分(母親が殺された直後)に戻ったのには、29歳の時点で手に入る情報なり関わりなりがあったから(殺されてしまうことを防ぐことができなくても、最初のときには気づかなかったメモに気づいたりする) つまりこれもまたリバイバル能力の範疇で、事件を未然に防ぐことができないかぎり、悟の時間は正常には流れないままなんです。
これが、映画版では、もっと単純に。過去を変える→現代に戻る→何かが変わっている。
こんなふうになってる。
まぁ、SFではありがちな展開なので、すんなり受け入れちゃったけど。

原作と同じように、悟は、連続誘拐を防ぐために立ちまわったがために、犯人に目をつけられて、犯人の罠に嵌って、殺されかけます。でも殺されかけることで、犯人が誰かということが、はっきりとわかる。
ミッチーですけどね…(笑)

でも罠に嵌ったというより、悟が迂闊な感じがした。
ミッチーを疑ってたくせに、どうして車に乗ったんだろうとか、どうして問い詰めるようなことしたんだろう、とか。何かされるとわかっていて、なんで車からいっしょに降りちゃうんだろうとか。原作だと、車に乗った時点では、悟は疑いもしていない。生徒思いのやさしい先生が犯人だったなんて考えてもいないから、驚愕するんですよ。自分はなんてばかなんだと悔いるんですよ。
冷たい水のなかで、走馬灯を味わいながら。
映画版では、橋の上からかつぎ落とされてしまう。原作では車ごとシートベルトに固定されたまま落とされてる(シートベルトは外れないように細工されていたうえに、盗難車だった。もちろんずっと手袋はつけたまま)

この犯人は、巧妙に自分の身代わりとなる容疑者をつくりあげている。
連続児童誘拐殺人事件では、ひとりぼっちのこどもに話しかけていた気のやさしい兄ちゃんだった白鳥潤を犯人にしたてあげた。悟は、この潤さん(映画版では「潤さん」 原作では「ゆうきさん(勇気が口癖だったからって悟がつけていたアダ名)」を助けることも目的のひとつにしてました。
母親を殺させない=事件を未然に防ぐ=雛月加代を助ける=潤さんを犯人にしない
連続というからには連続して3人の児童が殺されています。
雛月加代 中西綾 杉田広美
原作では三人とも助けてる。けど、映画版では中西綾を助けることができなかった。
杉田広美は主人公のクラスメイトで仲間にもなって物語に欠かせない人物なのに映画版では登場すらしない。そのうえ名前がわかりやすく女の子になっている…。女の子にされている。まあ、ここ絡ませると複雑になっちゃうのかもですけども。

で、小学生のときに殺されかけた悟ですけど。
原作では、そのまま植物状態になって15年も眠りつづけます。回復はないといわれてもあきらめなかった母親のおかげで15年も眠り続けていたわりには、身長ものびてるし、筋力もついてます(母親がしていた筋トレのおかげ) それでも起き上がるまで、食べられるようになるまで、しゃべるようになるまで、歩くことが出来るまでには大変な努力とリハビリが必要でした。
しかもリバイバルした記憶とかが飛んじゃっていて、いろんな記憶が曖昧になっている。
このこんがらがった記憶を蘇らせないと、自分を殺そうとした犯人がわからないままという状態。悟が意識をとり戻して回復していくことで、ある種の衝動を忘れ去っていた犯人もまた息を吹き返すという展開。
時代背景を昭和63年から15年後にしたのは「殺人の時効が15年」だった背景が必要だったから(いまは時効ないですからね) この犯人はずっと殺人をおかしてなかったので時効はすべて成立しちゃってますから、あらたな事件が必要なんですよ。
そういうのも含めて手に汗握る展開が最終話までつづきます(雑誌で完結済み)

映画版はこの原作が未完なときに撮影しているので、途中まではともかく後半はオリジナル展開です。というかオリジナル解釈をしています。殺されかけた主人公が戻るのは、入院しているところ(このとき入院していた理由はわからないけど事故ったらしい) 以前は友だちがいなかったのに、いまは親しい友だちがいる。ケンヤとか雛月とかね。
雛月のこどもの父親が誰なのかわかんないんだけど、映画版では、もしかしてケンヤと結婚してんのかな? どういう流れでそうなったのかもわからない。というか、これはバタフライ・エフェクト効果といっしょなので、過去を改変したことで、現代における状況がガラリと変わっているんですね。
この悟は、こどものときに橋の上から突き落とされてる筈だけどそのあとどうなったのかわからない。どういう日々をすごしてきたのかもわからない。このとき犯人は、悟を落としたあとさっさと他県に移ったのだとして、悟が助かったと知りながらどうして15年も放置していたのかわからない。時効を待っていたというわけでもないし(なにせ相変わらず事件をくりかえしていた)
だからどうして突然、悟のまえに現れて、悟を殺そうとする展開に至るのかもわからない。
原作未完だったのに、この場面まで持ってきちゃうところは、さすがだけども。

アイリとの再会シーンも、初対面なのにやたら話しかけてくる懐っこい子だなと思っちゃったり。励まされた漫画があるんです。なんて、初対面な相手に話しちゃうのも、夢を語っちゃうのも違和感があった。

リバイバルするまえは「売れない漫画家」だったのに、いまは「売れっ子漫画家」になっていて。その題材が、こういうヒーローになりたかったという「正義の味方」だったりする。こどものときに見ていた正義のヒーローものだった筈なのに、パクったの??

そして「僕だけがいない街」の原作における解釈を、ものすごく単純化した、わかりやすいラスト。
あれ、これ、バッドエンドじゃね?と思った。
本人は自分を助けるためにリバイバルできないじゃん。
悟がいないのに、それらをすんなり受け入れちゃってるぽいおかあさん…。
まあ、映画版の犯人ミッチー(八代だけど)は、事件を起こしまくっていたから時効成立してない事件とかも立件できて、ひょっとしたら死刑囚になるかもだけども、主人公がそれで死んじゃったら本末転倒なんじゃないだろうか…。

僕だけがいない街。っていうのは、正常な時間の流れに戻るためにひとりで奔走する主人公をさしているのであって、ほんとにいなくなっちゃうことじゃないのになぁ…。←あ、でも、これ、ほんとにそういう意図でつけたタイトルなのかわかんないけども。
私はそう感じてたもんで。

タイトルまんまでいいけども、原作知ってると、いろいろツッコミどころ満載で。
それはそれで面白かったです。
間違い探しっぽくて。

うん。
だからバッドエンドルートだと思えばいいんじゃないかな。

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