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「MONSTERZ」←超ネタバレ

藤原竜也と山田孝之主演の映画。
キャッチコピーは「禁断のバトル、勃発」
生き残るのは、人間を操れる男か
それとも唯一、操れない男か

韓国映画「超能力者」のリメイク版です。劇中でこの男がそれぞれに発する「生とは、死ぬまで生きること」というのが、ひとつのテーマ。なんだけど、つくりが…一言でいっちゃうと、雑な感じ。設定を活かした別展開がいくらでもあった筈。いっそアニメにしたらどうよ?という内容だったし。あ、だめか。アニメだと、かえってありきたりすぎるか……

原作となる韓国映画のほうはみてません。が、トレイラーとかはみてみました。というのも元のつくりはどんなだったのか興味がわいたからです。リメイクしたからこうなったのか、元々こういう内容だったのか知りたくて。結論として、韓国映画のほうの展開だったら、私は、がっかりな感想しか書けなかったと思う。リメイクするにあたって、主人公の人間関係やラストを変更してくれてよかった。ほんとによかった。それでも「深みがないなぁ」という印象は拭えなかったけど。

視界に入る人間がどこを見ていようと何をやっていようと操ることのできる能力は、無敵ですよ。だからこそ使いようによっては、もっといろんなことができた筈なのに、どうしてこの男は「お金を盗むこと」と「人を殺すこと」にしか使わないんだ。たぶん不幸な生い立ちからしてまともな教育を受けてないんだろうなと推定できるけども。この男が大切にしているコミックは「AKIRA」 AKIRAも超能力の戦闘とか混乱とかを題材にしてるもんね。

一方の男は、交通事故の生き残り。類まれなる回復力を持った不死身の男。治癒能力がありすぎるという点で、アメリカドラマ「HEROES」のクレアと似た能力だけど。クレアほどすぐに回復はしない。←救急車とかで搬送されたりしてるし。まあ、ふつうに考えて、死なない男が生き残るでしょう。どう考えても。つぶされても、大量出血しても、死なない。というのは、ちょっと笑っちゃうくらいだった。この笑っちゃう感覚は韓国映画もそうだったらしい。

山田孝之演じる「田中」という男には親しい仕事仲間がふたりいて、そのふたりが人のいい連中でみていてほのぼのしかった。韓国映画のとおりにリメイクしていたら、このふたりは殺されていたから、このふたりが無事だっただけでも、ほんとによかった。韓国映画では、人を操る能力者を見つけて「俺が止めてやる!」「それが俺の使命だ」という勢いで追いかけまわす展開のなかで巻きこまれた人間たちが次々に死んでいったみたいだけど。リメイク版だと、人を操ってる男に偶然目をつけられて一方的に追いかけられて巻きこまれ、わけもわからないうちに周囲の人が不可解な行動をとって自分を殺そうとしたりすることに自分だけが気づいてることに戸惑ったり、大好きな父親を殺してしまった娘を庇おうとしたり、仕事仲間のふたりに助けを求めながらも「足手まといだから、ひとりでやる」とメールで告げて対決にいくという点が、日本人ちっく。

こどものときから「バケモノ」と呼ばれてきた(人間を操れる能力者の)男は、視界を奪われれば能力を使えない。それを見てアニメ好きは思い出すにちがいない。コードギアスを(笑) ルルーシュの能力は相手の目を見なければ作動しなかったわけだから、それ以上の能力なわけだ。この男が分不相応な能力をもって生まれたことが不幸の始まりだったんじゃないの?というか、視界を奪えばいいんだから、光をあてるとかじゃなくて、後ろから袋をかぶせるとかすればいいんじゃないのかというシーンがいくつかあったし。そのたびに、ばかだなぁとツッコミしてました。

ラスト。死ぬはずの男は生き残り。一方の男は日常に回帰する。
生きていながら誰の記憶にも残らず名を呼ばれたこともない男にとって、自分の能力がきかない男というのはその存在だけで救いだったんでないのかと、どこぞのコミックで読んだことのあるような述懐があとから浮かびました。
自分を産み落とした母親を憎みながらも殺せなかったのは、自分の存在を知っている人間がいなくなってしまうことを恐れたからでしょうし、ね。しかし拘束されて生き残った状態が、果たして「生きている」ことになるのかは謎だなぁ。

韓国映画のラストでは、不死身の男が超人になって人助けをするシーンで終わるらしい(スーパーマンか!) まぁ、そんな荒唐無稽にもほどがあるラストでなくてよかったです。
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