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なんか飛んでるみたいだと思って

一応警戒はしていたんですが、昼すぎからなにやらのどの奥が熱いのとだるいのとで、もしかしてと思って体温計で測ってみたら、発熱してました。一瞬、え!?ってびっくりした。ないと思ってたから。そんくらい予期してなかったんですよ。だって食欲あるし、食べまくってたし。むしろ食べすぎて気持ち悪いくらいだったし。
なので、これは風邪じゃなくて、アレルギーの発熱かもしれないと思ったりしてます。
カロナールで解熱するし。
今夜は早めに寝ますけども。

それにしても、今年に入って3度めなんですけど。なにこの弱さ。
自分でもがっくり。
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咳が出るし、目が痒いし。

どう考えてもアレルギー。というか、花粉ぽいです。風の強い日は、のどまで痒くなる。
PM2.5もあるかもしれない(中国からのというよりも東京の) で、検索してみたらPM2.5の観測データ出てるんじゃん。花粉情報みたいに。そして今日は「多」だったというね。なるほどね。
ただの花粉だけじゃなくて、そういうのも絡んでるのかもしんないですね。
そんなわけで、ほんとならマスクが必要なんですけども、暑いので!してらんなくて。つか、使い捨てのマスクだと半日もちませんよ…。かといって綿マスクは暑くていけません。まあ、だからスギ花粉ほどではないんですよね。
スギだとね。マスクしないではいられませんからね。

5月に飛散している花粉は…ヒノキがまだあるかな? あとはイネ科と早めのキク科かな。アレルギー検査でひっかかってるのは「ヨモギ」「ブタクサ」「セイタカキリンソウ」 幸いなことにイネ科の植物の花粉には反応してません。キク科だ。早いと5月から飛散するそうだけど、スギほど遠くまで飛ばないので、うんと近くにいないかぎり大丈夫だ…といわれてます。
けど、ここに引っ越してきた当初から、スギ花粉とは違う季節に、のどの痒みと目の痒みがひどくなることが多くって、そのときに行った眼科で「ああ…河原に雑草いっぱいあるからねぇ」っていわれたんですよねぇ。
河原まで徒歩15分くらい離れているのに。こんなんじゃ川べりには住めない…!(はぁ)

去年あたりから5月すぎの花粉症に似た症状に悩まされているんですが、PM2.5が絡んでるのかなぁ。ひょっとして。実際、空気の悪いところに行くと咳がでるんですよね(検知器のように) まあ、でも肺には異常がないようなのでいいんですけども。

呼吸器内科に行って、高い料金支払って検査しましたからね…。感染症とアレルギーの。
いま思うと、あそこまで検査する必要があったかどうかわかりませんけども(すごい高額だったので) とりあえずアレルギー性の気管支喘息ということが確定しただけでもよかったです(他の病気だとやばいし)

カレも咳がひどくて、ついに(いつものところとは違う)医者にかかったんですが、レントゲンとアレルギー検査をしたらしい。やっぱり肺には異常なし。アレルギーですけど、なんのアレルギーかは来週わかるんだそーだ。これでハッキリするだろう。

つか、咳がーーーー。
ヤバいな、これ。やっぱりマスクをするべきか…。
夏用マスクってないかなぁ。………。夏用マスクで検索してみたら、日よけマスクとか出てきましたよ。見た目が…あの、ほら、イスラム系のヒジャブ?みたいなのですけど。え、ファッションなの? 目立たない? つけてるのイスラム系の女性だけですよ(うちの近所には結構います) でもこれつけて通勤はないよね…。

それにしてもPM2.5
なんとかならんものか…(なんともならんか…)

そもそもそういった異物に弱い気管支をなんとかしたいな。
今朝なんて、風邪でもひいたかと思ったよ…。←のど痛くて、咳でるから。

カルピスって茶色くなるのね。

瓶入りの、水で薄めて飲むタイプのカルピスですが…棚の整理をしていたら奥のほうから出てきまして、4本ばかり。日付を確認したら、なんと…! 2004年のもので…え、と…12年前ですか? このままだと廃棄できないのでフタを開けて中身を捨てようかと思ったら茶色いんですよ。発酵したんですね。若干、アルコール臭がしました。もしかしたらアルコールとして飲めたのでしょうか。
とても飲む気にはなれなかったので捨てましたけど(沈殿物は茶色い物体になってました。これは可燃物として廃棄しました) こんなふうになってしまうものなのねーと感心したところです。
いや、びっくりした。

その昔、牛乳だと思って飲んだら酸っぱくて吐きだしてみたら「飲むヨーグルト」だったことがあるんですが(わがやの冷蔵庫にはないと思っていたものだったので確認しなかったんですけどね) 牛乳もちゃんと発酵させたらヨーグルトになるんですよね?
にしても、こういうとき思うんですけど、最初に食した人はすごいな!と。
納豆も。
ああ、でも食べるものがなかったら食べますよね。ねばついたご飯だって。
そこまでの飢餓は味わったことがないですけど。
生死に関わる極限だったら、食べられるものなら食べるし。食べられないと思っても食べられるかもと思ったら食べますね。食べなきゃ死ぬんだし。どうせ死ぬんだし(2度いった)
でも古いカルピスは捨てました。だって他に美味しいもんたくさんあるし(こら) お腹すいてないし。
食べものを粗末にしてはいけませんね。ごめんなさい。
にしても、存在を忘れていたとは…、もったいないことをしました。

スマホの広告がうっとーしい。

スマホでこのブログを閲覧すると、動く広告が出てくるもんで、うっかりタップしてしまってGoogle Playに飛んでしまうのがうっとーしいです。このところ急にそうなった気がする(以前は動かなかったと思うんだけどな?)
とりあえずスマホのブラウザもChromeなんで、ポップアップをブロックしてみることにした。でもまったく効果がなかった。そうか。無料ブログだからか。しょぅがないのか…(ぁあ)
そんなわけで、動く広告を間違えてタップしちゃって「もーめんどくさいなー」ということにならないように、慎重に指を動かすしかないのだということに気づかされました。
まったく…邪魔すぎ…!

今日の地震。

ズズズズズって微振動がきたと思ったら横揺れがきた。そんな私は入浴中でした。結構大きかったので「どうしよう。飛び出すべき?」って考えてた。そんなところに危機管理能力のなさが浮き彫りに…!
出ようかなと考えてるうちに鎮まったので(15秒くらい?) また入りなおしたという(そして読書再開) 東日本大震災のときは日中だったのでわかんないですけど、たぶん入浴中だったら出ないではいられないほどの揺れだったろうなと思った。長かったし。少しずつ大きく揺れたし。なにより水面が大きく揺れましたらかね。職場の水槽の水が3分の1くらい減りましたから。
とはいえ大きかった。
カレには「よくのんびり入ってられるね」とかいわれちゃったけど。
今度からはすぐ着替えることにするかな。今回はそれだけで終わったけど、続けざまに大きいのが来ることもあるわけだから。ということで、日本列島津々浦々どこも安全ではないのですよね。


「スポットライト 世紀のスクープ」

アカデミー賞作品賞/脚本賞受賞作品。衝撃の実話。
暗闇を照らす ひときわ明るい希望の光り。スポットライト。

いつも行っている映画館で予告映像を流していたくせに、その映画館では上映しなかったという映画です。前日にスケジュール調べて仰天しましたよ。え、やってない!? テレビでやたら宣伝してるから、どこでも上映しているものと思いこんでいたのに。
ということで、べつの映画館で鑑賞しました。ちょっと以前のことです。感想を書くのが遅れたのは、内容が内容だからです。舞台はボストン。2001年の夏からのお話。2001年には9.11の同時多発テロが発生しています(この作中でも出てきます)
スポットライトというのは、ボストンの日刊紙「ボストン・グローブ」の注目記事をのせる誌面のこと。ここに、このネタを載せようと提案するのは、2001年夏に新しく配属されてきた編集局長のバロンでした。彼に指示されたチーム(4人の記者たち)は取材を開始します。「ゲーガン事件」の洗いなおし」からはじまる取材。ゲーガン事件の証拠の開示さえままならない実情とか、4人の記者たちを通じて明らかにされていきます。

ゲーガン事件とは、神父ゲーガンが30年にわたって児童に対する性的虐待をくり返していた事件です。事件が露呈したあとも聖職を剥奪されることもなく、またあらたな赴任先で同様の事件をくり返していた男です。この男は2003年に服役中の刑務所で同じ受刑者からの暴行により死亡しています。1998年に聖職を剥奪された後、男児に性暴行をした罪で(2002年2月から)服役中でした。つまりこの4人の記者たちが取材をしていたとき、この男はのうのうとふつうの暮らしをしていたことになります。性暴行の罪に問われていたとしても、刑務所には入ってなかったんです。

以下、ネタバレしています。というか、事実なのでネタバレも何もないんですけども。

取材しているうちに「問題の神父は、ゲーガンだけではない」ということが程なくわかります。ゲーガンが特別なわけではなく、ゲーガンのような神父がボストンだけでもかなりの人数いて、その神父たちによる性的虐待は今このときも起きているかもしれないということに気づくわけです。スクープというだけじゃない。これは記事にしなくてはいけないことだと記者たちは奮いたちますが、相手はカトリック教会。その権威はすさまじいほどだし、相手は隠蔽のプロです。

その隠蔽の手口を暴くのは、実にアナログな方法で、教会がふつうに開示している資料にもヒントはあって、そこから切り崩していく手際は、さすがジャーナリストという感じでした。けれど、ドキュメンタリー映画みたいなものなので、結構、淡々としていて、記者たちは熱く燃えているんですが、ちょっと置いてかれてる気持ちにはなりました。
盛り上がってるんだけど、盛り上がりに欠けてるような。
それはたぶん、宗教というものがどういうものなのかほんとの意味ではわかってないからかもしれません。アメリカのなかで米カトリック教会がどれほどの力を持っているかなんて、あんまりわかりませんもん。想像はできますけどね。

作中では、カトリックの神父が性的虐待に走るのは「過度の禁欲生活による破綻」的な解釈をする心理学者がいましたけど、ならどうしてその対象が「児童」なんでしょうね。体力に自信がないから子供を狙った? それとも自分自身が性虐待の被害者で自分が被害を受けた年齢と同じくらいの子に手を出していた? なら、それは虐待の連鎖のようなものなのかもしれない。
記者たちの取材を拒否する神父たち。取材に協力する被害者たち。
被害者はふつうに生活している人もいれば、薬物依存におちいっている人もいる。精神的な病気を患っている人もいる。話している途中で大のおとな(男)が泣きだしてしまうのですよ。誰にも話していないんだといって泣くんです。被害児童のなかには女の子もいますが、取材協力者として作中で描かれていたのはほとんど男性でした。

相手は教会の神父です。尊敬する神にも等しい存在です。絶対的上位にいる相手から受ける性的虐待は「神が与えた罰」にもひとしい。宗教が道徳の指標になっている国での出来事です。日本とはちがいます。それは暴かれてはならない事実だったにちがいありません。多くのカトリック教徒が(暴いたことに対して)憤慨するにちがいないし、もしかしたら(新聞社を)糾弾するかもしれない。デモが発生して新聞社に暴徒たちが押しかけてくるかもしれない。と、覚悟したうえで、ついに記事にするんですけど。
予想に反して、
カトリック教徒の憤慨は神父に向かい、自分も被害者だと訴えてくる人たちからのひっきりなしの電話対応に追われることになる。つまりそれだけ隠されてきたということ。いえずにいた被害者が多かったということです。
しかも事はアメリカだけに留まらず、世界中の教会における事件が発覚していくきっかけになりました。
宗教といえば、カルト宗教における性的虐待も問題になってましたっけ。
閉鎖された空間で絶対的存在に強制される行為。それがなくなってしまったら自分という存在が保てないほど依存している関係性のなかで起きる犯罪は、結構、多いと思います。またその行為を絶対的存在に認めてほしいがために許してしまっていた場合、道徳的な指標が崩れてしまうかもしれない。その相手が伝統的な世界的宗教であるカトリックの神父だなんて罪が重いです。

そういう内容でした。

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