FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

暑くなると悪化するのは、

汗のせいなんですが。
いま現在のコレは、いろいろ原因を探ってはいるんだけど、乾燥したことで肌バリアが壊れて、柔軟剤とかにやられちゃったのかなぁと思ってます。なにか原因がある筈なので。でもアレルゲンって特定できないんですよね、結局。私の場合、食べものアレルギーはないので、そこはもう気にしていないんですが、肌に触れるものはいろいろ疑います。
とくに肌に浸透しちゃうタイプの化粧品類は間違うとやられてしまいます。とはいえ物質を特定することはできない。薬を塗っても治らないときは、疑わしいものを排除していって、それでも治らないときは薬そのものを疑ったりもする。
今回は処方されている軟膏のなかに血液循環をよくする物質が含まれていたので、お風呂あがりにつけたあとに猛烈に痒くなるのはそれのせいかもと思いあたって、皮膚科のお医者さんに伝えてワセリンにかえてもらいました。
いまのところ順調に回復中。(赤く爛れていたのが白くなってきた)
ポツポツはなかなか治らないけど。
あと色素沈着したところは半年すぎないとよくならないのは実体験済み。跡が残ることもある。アトピ仲間にはわかると思うんですが、色素沈着したところは治りかけだから表面はつるつるしていて、自分では手触りがよくなってきたことが嬉しかったり、だいぶよくなったなと実感できていたりするのに、周囲からは「ひどいけど大丈夫?」っていわれたりする時期なんですよね。目立つから(笑) 冬に傷んだ肌も夏にはよくなっていたのは10代だったからなのか、学生のときはプールとか海とかよく行っていたことを思い出したりしてました。いや、このひどい肌で水着になって人様の目に晒すの厭なんですけど(!) プールの塩素はともかく、海は肌によくて積極的に行っていたんですよね。いくと楽になるし、日に焼けると殺菌にもなるのか、肌がきれいになったりもしたし。でも、いまほど体には出てなかった気もするなぁ。回復力があったのかな。
いまは自分のやり用でどうともできるので、入浴剤や柔軟剤を避けたりもできるから、以前よりよくなっていてもおかしくないんですけどね。←実家にいたときは入浴剤入ってたし、柔軟剤とか避けようがなかったし、なぁ。
アトピーには入浴後の保湿が最重要課題です。
なにしろ水分をキープする力が弱いので、あっというまに潤いが消えていってしまいます。いまはワセリンですけど。これもいっぱいつけるんじゃなくて、うっすらのせてく感じ。
それから薬。
いまはステロイドですが、小児用プロトピックが使えるようになったので(灼熱感がなくなった。慣れたのか、治りかけのところに塗ってるから楽なのか) だんだんとプロトピックに移行中。皮膚科のガイドラインがそうなっているんだか、長期に使うのはステロイドよりプロトピックが望ましい、らしい。プロトピックも紫外線にあてすぎちゃいけないとか注意事項あるんですけどね。夜塗る分には問題なしです。
柔軟剤でやられたんじゃないかと疑ったのって、服とかが触れてるところが痒くなってたからなんですけど、アトピーの特徴として、両側の同じ部位に同じように湿疹ができるんですよね。右側を掻くと左も痒くなる。左右対称なんです。不思議なんですけど。あと手がひどくなると足にも同じような湿疹ができてくるんです。つまりどこかに発した炎症が全身にひろがっていくという感じ。だからもはや何が原因なのかわからない。
こういう湿疹ができると、ああ、私って、やっぱりアトピーなんだなぁと思います。
母が化粧かぶれをたまに起こすんですが、母の場合、化粧品を塗ったところが赤くなるから原因がハッキリしてるんですよ。私の場合、直接そこがかぶれることももちろんありますが、塗ってないところも痒くなるから、なにが原因なんだかわかんなくなっちゃうんですよね。
根本的に治したい。けどそれが叶わないのなら、うまくつきあっていくしかないか。




スポンサーサイト

「All You Need Is Kill」←超ネタバレ

原作ネタバレ含みます。お気をつけください。

ハリウッドが実写化したトム・クルーズ主演映画(「Edge of Tomorrow」邦題「オール・ユー・ニード・イズ・キル」原作「All You Need Is Kill」) Edge of Tomorrowを直訳すると「明日の端っこ」になりますが「明日の境目」とか「時空の狭間」とでも訳せばいいんじゃないかな(ぇ) All You Need Is Killは直訳したら「君に必要なことは殺すことのみ」ですよね。「殺しがすべて」でもいいのか。「殺すことが任務」か。Edge of Tomorrowのほうが、きれいかも。

ということで、まずは、あらすじ(映画版) 原作まじえて。
原作はコミカライズされたものしか読んでないのでちょっと違ってるかも、ですが。

宇宙からある日突然攻撃を受けて、たちまち劣勢に追いこまれた人類は多国籍軍で対応するも、作戦のことごとくが失敗していて勝ち目がないように思われていた。そこへ一人の女戦士(リタ)が突如として現れて敵戦力をひとりで壊滅状態に陥らせた。人類の希望の光。これによって勝てるかもしれないという望みをつないだ人類は、敵を一網打尽にするための作戦を決行しようとする。そこへスポークスマンとして派遣された(筈の)少佐(ケイジ)が、将軍の不況を買って、最前線へと身柄を拘束されたうえに配属されてしまう。一兵卒として。それが導入部分。
へたれ少佐は身分を剥奪されているので新兵扱い。しかも実戦経験は皆無。銃の撃ち方さえ知らない(安全装置の外し方さえ知らない)というのに、またたくまに戦地へ投入され、やっとのことで敵を一匹倒すも、すぐに死亡。の筈が、衝撃で目覚めたら、見覚えのある光景。蹴られて上から浴びせられるセリフも同じ。あれ、同じことを繰り返してる?と戸惑ってるうちに戦地へ投入されて、また、あっというまに死亡。そしてまた同じところからやり直し。
ループしてるわけです。
出会う相手に、もう知っていることを告げても信じてもらえず、この作戦はなぜか敵にバレていて待ちぶせされているんだと訴えても戦地に投入させられてしまう。けど、くり返すうちに、どこで何が起きて、どういう攻撃を受けるかもわかってくるわけだから、避けたり、逆に攻撃したりすることが簡単にできるようになっていく。戦地で敵の攻撃に遭って呆気なく命を落としてしまう世界的英雄の女戦士リタを助けるために行動すれば、その行動に何かを感じたリタから「起きたら、私を探して」といわれ、このループの原因(推察にすぎないけど)を知るようになるという展開。

原作では主人公の名前は「キリヤ・ケイジ」ですが、映画版はトム・クルーズなので「ウィリアム・ケイジ」です。原作では10代の少年で初年兵ですが、映画ではトム・クルーズなので身分的には「少佐」ですが、将軍の不興を買って脱走兵として新兵扱いにされてます。女戦士リタは原作では英雄で戦闘能力もずば抜けて高いです。簡単には死にません。が、映画では、わりと簡単に死にます。そこはリアルになっているのかも。いかに英雄でも「死んだらループしてもう一度やり直せる」という特殊能力がないかぎり超人的な戦い方をひとりで出来るほど戦場は甘くないのでしょう。
逆に、
原作では「やり直す」とはいえ、死ぬときは怖いし、痛いし、そのときごとに最期に見る景色は違うし、まわりで死んでいく先輩や曹長やそういった細々としたものが違ってくるし、どんな関係を築いてもループして戻った世界では、また最初からやり直しになるわけだから疲弊していくし、心も病んでいく。けれど、映画のケイジはもうおっさんだからかもしんないけど、そういった「恐怖」はまったくといっていいほど感じてないみたいだった。ただ目の前で何度も死んでいくリタと、目覚めたあとで会いにいくシーン、くりかえされる出会いのシーンでケイジの表情が変わっていくのが印象的だった。
リタとの訓練では、ちょっとでも怪我をしたら「やり直し」って簡単に殺されちゃうけど。←こういうのはハリウッドらしい、お手軽さだなと思った。タイミングが少しズレただけで簡単に死んじゃったりね。やり直せるからって死にすぎだよ(笑)
映画版のケイジは、へたれ少佐で、実戦には参加したくないからスポークスマンになっているんですよ。とか、平気でいっちゃう情けない男だったのが、最終的には、かっちょいい男前になった。原作の少年は、幾度もやり直すことでスキルを身につけて身体能力半端ない最強の戦士になって英雄として戦い続けることになった。
どっちがいい悪いではなく。
ハッピーエンドが好きな私は、映画版のラストのほうが気に入ってます。

ちなみにも敵勢力は「ギタイ」と呼ばれている地球外生命体がつくったロボット。←テラフォーミングするための土木用ロボットの進化形? 映画版では何だったのかわかんなかったんだけど、地球外生命体そのものだったんかな。
ループの原因は、原作と映画版では少し違っていて。
原作だと、ギタイの中でも形態の違うやつがいて、そいつが(不利な戦況だと判断すると)過去に情報を送信するサーバ役になっていて、少年兵は最初に殺したやつがたまたまその形態の違う特殊なギタイだったがために脳波だかが巻きこまれて一緒に過去へ情報を送信されてしまう状態になっていて、その能力?はずっと持ったままだった。つまりタイムスリップしているわけではなくて、死んだときまでの情報だけが過去の自分の脳へ送信されている状態。戦闘開始1日前(30時間前)くらいの脳へ送信することで、戦場での自分の立場をよくすることができるという寸法です。だからこそ敵はこちらの作戦を「すでに知って」いて、先回りして戦闘準備ができているわけです。このループから抜けるためには特殊なギタイを倒すだけではダメで、周囲のネットワーク(データバックアップ)すべてを破壊しなくてはならない(工業用ロボットにそういうシステムが搭載されているのでしょう) それに気づいた最初にループにハマったうえに死なずにスキルを高めてきたリタは、ひとつの戦場でループをひきおこす特殊なギタイを殺すことで自らループして戦闘をくり返し、周囲のネットワークごと破壊することでループから抜け出すという戦い方で勝利をおさめてきたんだけど、日本戦線で、はじめて自分以外のものがループしている世界を知ることになるんですね。ケイジがたまたま特殊なギタイを殺してしまったから、ケイジがループすることになってしまったんですけど。
リタは、誰にも信じてもらえないループのなかで孤独な戦いをしていたから、ケイジの存在を知って喜んだりして、ちょっと仲良くなったり、いちゃついたりして、最終的に、ケイジがループを抜け出すためには、周囲のネットワークすべてを破壊する必要があるのに、その段階を経てもループを抜け出すことができず、からくりに気づいたリタが答を出すことでループから抜け出すことに成功するんだけど。強くなったケイジが(ネットワークの一部になってしまっていた)リタを殺すことで、やっとループから抜け出すというラストは、物悲しいし、ゲーム的にはBADENDなのに「やり直しがきかない」のがせつなかった。
このラストならいやだな。と、思っていたんだけど、
映画版では、このラストが違ってたからよかったです。そもそもループの原因が、特殊能力をもった敵の血?を浴びたことでその能力を引き継いでしまった?的な感じで、引き継いだことで敵勢力のネットワーク?とつながりやすくなっていて、敵の親玉オメガの居場所をビジョンとして視ることができるようになるんだけど、血が重要なだけあって、輸血とかで別の血を体内に入れてしまうと能力が失われてしまうのです。映画版のケイジは、大事なところで輸血されてしまって能力を失うんですよ。やり直しがきかない!という危機的状況のなかでも作戦を敢行して「勝つ」ための努力をするのです。仲間たちは全滅するし、リタも死んじゃうし、自分も敵と相討ちになっちゃうんですが、そのときまた血を浴びたことで特殊能力を受け継いだのか、オメガがタイムリープを発生させていた本元だったからか、目覚めたケイジは、スポークスマンとして前線基地を視察に向かうヘリのなかにいることに気づきます。
目覚めたときのいつもの場所ではなくて、それよりもっと前にループするんですよ。ループじゃないな。精神だけタイムスリップだな。映画版のほうは、脳に情報を送っているわけではなさげだったし。その世界では敵が壊滅状態にあって明日の戦闘は楽勝だといわれていて、ケイジ少佐は少佐として前線基地に向かって、そこでリタと出会うのです。何度もくり返した「出会い」だけど、ケイジにとっては感慨深い「出会い」。そこで、エンドロール。
ハッピーエンドですね。いささか強引だったけど。ハッピーエンドならよし、です。
10代が主人公の物語を実写にしちゃったら、トム・クルーズを主役にした映画のほうのストーリーはどうするんだろうと思ってたけど、違和感なくてよかったです。リタとも、はっきり恋仲になるというわけではなかったのに、何度も出会い、幾度もともに行動し、リタの死を目にしながら、同じことをくり返すなかで、リタと出会うことをあきらめて一人で行動することで真実に近づくところなんか巧いなぁと思いました。リタも、関係を築くことに臆病になっているから自分のことはあまり話さないし。話しても嘘だし。リタにとってはケイジは出会って間もない「知らない相手」のままなわけだし、そんななかで唯一の真実として「深く知り合った相手ならいたけど、その死を300回も見れば、もうじゅうぶんよ」とつぶやくのが印象的で、たぶんケイジもリタの死をそれくらい見ているんじゃないかなと思ったりもして、そういうのが、はっきり恋仲になっていなくても、その先の、それこそ明日のその先を想像できてよかったです。

これはゲームといってもオンラインゲームに近い概念として「死ぬことでセーブポイントに戻る」「デスペナルティなしでスキルポイントと経験値は蓄積されていく」と考えるとわかりやすいループです。死ぬところまでとりあえずやっちゃう。死んだらセーブポイントに戻って必要な道具をそろえて再び挑戦する。経験値は累積されているからそのうちレベルが上がっていくしスキルも習得できる。くり返せば、くり返すだけ強くなる。しかも「くり返せるのは自分だけ」という状態なので、どんな下手プレイヤーでも、その世界では無敵になれます。

原作の作家さんは、その昔「ガンパレ」と呼ばれていた「ガンパレード・マーチ」というゲームの「プレイ日記」を読んでいて、このストーリーを思いついたのだとか。ガンパレは買ったのにプレイしきれなかったので、そこまでわかんなかったんですけど、ループものだったんですね。

この映画のラストが微妙に夢オチぽいのは、ケイジが敵のボスであるオメガを殺したことで、タイムリープ能力を失ったすべてのギタイたちが通常の戦闘しかできなくなった時点に時間が戻されたらだと、私は解釈してました。パラレルワールドみたいですけども。

2014年春アニメです。

春アニメは数話で視聴をやめてしまったのもが多かったなぁという感想に尽きます。そろそろアニメに飽きたかしらとか思ったり、むしろ飽きろ、いい加減。とか思ったりしつつ、感想です。少ないです。

「ノーゲーム・ノーライフ」
ひきこもりゲーマーの兄妹が、すべてがゲームの勝敗で決まる異世界に召喚される。という、お話。この兄妹は互いにそばにいないと存在しつづけられないくらいの共依存関係。というのは、2話くらいまでの話だったかもしれませんが、2話で視聴をやめちゃったので、その先、どうなったのかはわかりません。視聴をやめたきっかけは、このあらすじで察せられると思いますが、もう薄汚れてしまった(笑)大人視点で見ちゃうと「痛かった」からです。こういうネタが好きではあるんですけど(ある日突然異世界に!というネタはネタとして)  この物語には「大人がいない」感じがしたんです。自己完結するお話はあまり好きではありません。このあとすばらしい展開があったのかも? ランキングでは堂々一位ですしね。

「シドニアの騎士」
なぜか1話でやめちゃったアニメ。なんでだろう。好きな感じなんだけど。絵も、物語も。物語のあらすじは、異生物の侵略?で太陽系を破壊された人類が大きな宇宙船(小惑星)で生存するようになってから1000年後の話で、大きな異生物を主敵としているのでそれと戦うための戦力として人型の巨人ロボット?のパイロット訓練学校があって、そこに通う訓練生たちのお話、なのかな。とにかく1話しか見てないのでおぼろげです。

「ブラック・ブレッド」
シドニアと似てますが、突如として現れた異形の寄生生物(驚異的な再生能力をもつ)に襲われて、あっというまに国土の大半を失ってしまった人類は、その生物が嫌う金属で囲われたエリア内でほそぼそと生きながらえているという設定。それに対抗できるのは民間警備会社のみというのもさることながら、スペシャリストな能力を持っているのが高校生だったり幼女だったりするんで、2話くらいまではみたんだけど、堪えられなくて見るのやめました。見ていて、ふと思っちゃうんですよね。これ、大人が見て楽しいもんじゃないよなって…… なんかこう、もぞっとくるんですよ。たぶん、私、こどものときにこういうアニメ見ても、やっぱりハマれなかったと思う。

「ハイキュー!」
これはずっとみてます。夏もやってます。バレーボールの話。背の低いアタッカーが天才セッターと同じチーム(同じ高校のバレー部)になって、はじめて水をえた魚のように飛び跳ねるのが、いい。王様で孤独になりがちなセッター影山のどんな高ビーな言葉にもへこたれない日向(「日向」って「ひなた」とも読むのね)が頑張る姿もいい。ポジティブかと思えば、案外プレッシャーに弱いのも、面白い。ただサッカーと同じように登場人物がめちゃくちゃ多いもんだから、結構、混乱しちゃう。個性的だけど、黒子のバスケとかテニスの王子様とかキャプ翼とかほど飛び抜けてないから(いろんな意味で) リアルな分、キャラがかぶりやすいかもしんない。

「蠱師 続章」
コミックも読んでました(過去形ですが) 海外での評価のほうが高いかもしれないアニメ。日本の農村メイン。見えざる不思議現象をこひきおこす蠱たちを紹介するような単発なお話がつづく日本昔ばなしちっくな感じ。映像がモノクロっぽくて、キレイです。お話も淡々としていて、どこか懐かしい。これ毎週録画していたんですが、アニメとスタッフ座談会が半々くらいの構成になってました。

「それでも世界は美しい」
少女コミック原作。原作も読んでます。雨降らしの力のあるニケ姫が、晴れの王国の太陽王リピのところへ嫁ぐところからはじまるお話。政略結婚だったのが、恋愛に発展していくという、ほのぼのしいラブストーリーです(いってみれば、それだけだけど)  無慈悲な太陽王がニケにほだされていくのが可愛らしい。リピはまだ子供ですが(というか、何歳の設定だっけか)とても頭のいい王様。原作のほうはまだ連載中だけど、アニメのラストはうまくまとまってたな。

「極黒のブリュンヒルデ」
2話くらいで視聴をやめたアニメ。魔法使いの話だったかな。実験体にされていたぽく、追跡者に追われていたような。あまりよくわかんなかった。どうして見るのをやめたのかというと、あまりよくわからなかったからです(身も蓋もない)

「ソウルイーターノット!」
みてなかったから知らなかったけど過去放映された「ソウルイーター」の外伝的なお話。これ、あまり意味わかんなくても、世界観さっぱりわかんなくても楽しめた。学園ものだから「こどもしかいない」というのは同じなんだけど、上記の途中でやめちゃったものとの違いが自分でもよくわからない。武器と職人がいて、自身を武器に変化させることができる能力者と、その武器を使いこなす職人がペアになって、武器を成長させていくのが主軸かな。そのための学校が舞台。3人の女の子が主人公。庶民代表のつぐみと、ツンデレ姫様のアーニャ、天然少女のめめ。互いに「さん付け」で呼び合う。めめさんが異常なくらい物忘れが多くて、その異常な物忘れの原因が発覚するクライマックスが面白かったです。

これくらいかな。
途中でみるのやめちゃったアニメの感想を抜かすとスカスカになっちゃうので、そのままならべてみました。

2014年春ドラマのこと

もう夏ドラマがぼちぼちはじまっているので、忘れないうちに春ドラマの感想をならべてみます。思い出した順。

「アリスの刺」
上野樹里主演の復讐ドラマ。眞島秀和さんが亡くなったお父さん役で回想シーンで登場します。眞島秀和さんは昼ドラ「花衣夢衣」ではじめて認識したけど以前からドラマとかで見たことのある俳優さんで、以来、好きな俳優さんです。だめ男な印象が強いんで、いいお父さん役だったりすると違和感あったりもするんですが。
あらすじ「理不尽なやり方で汚名を着せられたうえに手術中に故意に殺されてしまった父親の仇をとるために医者になって病院に入りこみ、父親の死に関わった人たちを次々に社会的不名誉な立場に追いやっていくお話」です。不思議の国のアリスの登場キャラクターをなぞって脅し、アリスのカードで脅迫します。 殺すまではしない復讐ですが、社会的地位を奪われた相手から逆に復讐されたりもするので、憎しみは連鎖するお話でもあったかも。そのなかで上野樹里演じる水野医師(明日美)に惹かれる病院長の息子、悠真せんせい(中村蒼)が育ちのよさ全開の裏表のない性格で、復讐に目がくもっている明日美の目をさましてくれる存在になるのがよかった。オダギリジョーもよかった。えーと、西門だっけ、役柄は記者。
ただ復讐に執着し、そのために自分の人生すべてを賭けてしまっている明日美に、事情は察するけど「ばかばかしいと思う」といいながらも協力する星野さんとか(看護師/栗山千明) 自身も復讐心を持ちながらもいろいろ達観しているオダギリジョー(西門だっけ/笑)とか、なんとかして笑かそうとする養父とか、明日美のまわりには、できた人間がてんこもり。結局は、非情になりきれないやさしいドラマでした。

「SHERLOCK~2nd Season~」
現代にシャーロック・ホームズとワトスンをあてはめたドラマ。コナン・ドイル原作に沿った内容なので、いわゆる二次創作みたいなお話。最初にレンタルして鑑賞したときは、実は「退屈だな」と思ったりしたんかですが、このドラマ、どんどんよくなってます。面白い。ホームズの破天荒で無神経な性格とか、ワトスンの常識的でいて刺激を求めている内情とか、わかりやすいです。今回のシーズンでは、メアリーと結婚するワトスンですが、その結婚式でホームズがグッドマンとして祝辞スピーチをしたときに、さんざんワトスンをこきおろしたあとに無自覚に持ちあげて感謝しておきながら「ホームズったら」とつぶやいて泣いちゃうハドソン夫人と客たちの拍手の渦に「なんだ。どうした」ときょとんとしているのが、かわいかったです。
えーと。つまり、内容よりもキャラ萌えなドラマ。なのは、原作といっしょ。ということで(笑)

「サイレイト・プア」
深川恭子主演。阪神大震災のときに弟の手を離してしまったことをずっと後悔している主人公が、過剰ともいえるほど弱者の立場にたって物事を解決していくお話でした。サイレント・プアというタイトル通り、救う相手はなんらかの事情で貧困に陥っている人たちだけなんだろうと思えば、ご近所トラブルを起こしているゴミ屋敷の女性だったり、ひきこもったまま中年になっちゃった男の家庭事情に首をつっこんだりしていました。印象に残ったのは、ちょっと重苦しい内容なのに、ドラマの最後に流れる曲が、あまりにも軽かったこと。内容と合わないなぁと流れるたびに思ってた。

「花咲舞が黙ってない」
杏と上川達也主演。面白くて。毎週楽しみにしてました。銀行のお話。「お言葉を返すようですが」が口癖の舞と、そんな舞に振り回されながらも仕事をきっちりとこなす上司とのコンビが楽しかったし、各話ごとの最後には痛快な展開が待っているので、どこか時代劇を見ているような単純明快さがありました。悪が必ず成敗されるとはかぎりませんでしたけど。
「半沢直樹」と同じ著者の原作。原作タイトルとドラマタイトルは別もの。

「続・最後から二番目の恋」
小泉今日子と中井貴一主演。前作もみていたので、なんとなくみてたけど、なんとなく散漫としていて、いろんなものがトーンダウンしていたのが残念なドラマでした。会話メインなので、静止画的な場面がつづくのが、どこか舞台ドラマっぽかったな。今期、つづけてみていたドラマのなかでは、いちばん生産性のない内容だったけど、最後までちゃんとみた。最後から二番目の恋。というタイトルにこだわりすぎたのかも(もはや「おとなの恋」がメインテーマには思えなかったよ)
久しぶりに連絡をとってきた級友が実は営業先のひとつとして自分をターゲットにしていただけなのがわかったりとか、そういうのには、ああ、あるよねーと共感できたけど(経験ありあり)

「BORDER」
小栗旬主演。脳に撃ちこまれた弾丸のせいで見えざるものが見えてしまうようになってしまった刑事のお話。ハリウッドドラマにありがちな死者の声を聞く霊のアレです。アメリカドラマはよくみるので、脳に撃ちこまれた弾丸が脳腫瘍とかの役割をして、幻覚、幻聴、第六感みたいなものが働くようになるという科学的だか医療的だか変に根拠があるところもアメリカドラマにありがちな展開だなと感じてしまいました。が、事件そのものは、警察組織の汚い部分にも関わってくる内容展開で、なかなかに面白かった。死者によりそうがために、死者の無念を感じてしまう正義感の強い刑事が、最後に選びとってしまう最悪の展開には、正直、いやな気分が残ってしまいました。そっちかよ!と突っ込まずにはいられなかった。そりゃないでしょう。もし続編をつくるなら、そこんとこなんとかしてほしい。なんとか思いとどまってほしかった……

「ファースト・クラス」
沢尻えりか主演。女の戦い、どろどろドラマ。なんとなく見ちゃったけど、見ていて息苦しくなるドラマでした。ふつうの女の子が昇りつめるお話なので、ある意味、痛快ではあるけども。悪感情を早口モノローグで表現しているので、そこが、回を追うごとに、なんだかうっとーしくも思えてきたりもしました。悪役を担っていた彼女がラストにデレたのは可愛かったけど。
沢尻えりかは何も知らないダサい女子からフッション雑誌の編集者になるまでの段階を踏んでの変貌ぶりが見事でした。さすが。

「LEADERS リーダーズ」
前後編の特別ドラマでしたけど、思い出したので。佐藤浩市主演。佐藤浩市は好きなのでよく見ます。たまたまつけたチャンネルでやっていて録画したドラマです。戦後復興のなかで自動車産業こそが日本を救うための一大事業だと頑張るお話。トヨタの創業者、豊田喜一郎さんをモデルにしてます。「この日本が産業植民地になってもいいんですか!」と力説してたのが印象に残ってます。日本がただの組み立て工場になって、アメリカの車が日本の道路をうめつくす。そんなことになっていいのかという気概です。ただ、自動車をつくりはじめたら戦争がはじまって、戦時中は軍需産業として働くことになって、敗戦でGHQの監視下におかれ、日本は車をつくることを禁じられもした。そしていざ「つくってもいいよ」と解禁されたときには、お金がなかった。日銀名古屋支店から2億円の融資をなんとかとりつけた史実をもとにつくられたこのドラマはフィクションだけど。人員整理をしないわけにはいかないほどの資金難にあえいでいたトヨタが息を吹き返すのは、やがてはじまった朝鮮戦争で米軍から軍需用トラックの受注があいついだからで、その収益をもとにようやく自動車の開発にとりかかれたということも、エンドロールまぎわでナレーションされてました。あ、トヨタではないですけどね。作中ではね。

そんなところだった、かな。今期はあんまりドラマをみてない気でいたんですけど、結構、みてたみたい? 「花子とアン」と「黒田官兵衛」もみてます。あと「独眼竜政宗」が再放送されているので、それもみてます。昔の大河のほうが面白いのはなんともかんとも、ですけども。いまは善悪とかきっちり分けすぎなんじゃないのかなと思った。政宗のときは劇中の人物も表と裏の顔があったりするし、口ではやさしげでいながら、裏では悪口を吹きこんだりするのが、大げさでなく表現されているというか、うん、そうだな、いまのドラマって視聴者をばかにしてる感じがする。そこまで説明したり、わかりやすくしなくたって、みてればわかるよ。とか、思うことが常々あるし。ああ、でも、みてもわかんない人が増えたから、いまみたいなつくりになってんのかな!? みんな、もっと本を読んで、行間を読む訓練を積んでよ!(ぇ)

むしろアニメのほうは説明が不足しているので、おたく魂に火がつきやすい。だから深読み好きなおたく気質ありありな層がアニメとかゲームに走っているんじゃないのかなぁ。歴史ものは深読み層を獲得すべきだと思う(と、偉そうにいってみる)

落とし穴みたいな

今回、保湿剤としてヒルドイドスプレーが処方されたんですが、これをスプレーしたところが痒くなることに気づいたんです。これにかぶれるということは、この病院で処方されているステロイドとヒルドイドをまぜた塗り薬も合ってないんじゃないの?と、いまさっき思いついたところです。
そう感じたのならば、簡易パッチテストをすべきなんですが、もはやいたるところが赤くなっているので、どこでパッチすればいいのやら。顔はつけたくないしね。←ちなみに顔にはヒルドイドの入ってない軟膏を使っている。もしこの保湿剤とこの保湿剤と同じ成分の入っている塗り薬でかぶれているのだとしたら、石鹸でよく洗い流さなくちゃだめか……
でもそうすると保湿は何ですればいいんだろ。
馬油も刺激あるしなぁ。
いっそ何もつけない、とか。そういえば手も「何もつけないこと」にしたら、乾燥は相変わらずだけど、赤いブツブツは消えたんだったなぁ。ううーん。ヒルドイドが原因だったのかな。やっぱり、どこかでパッチテストしてみるかな。
しかし石鹸でかぶれてる可能性も否定しきれないんだけども。←だから、いまタモリ式を試していたんですよね。石鹸を使わずによく洗って10分以上入浴するってやつ。でも薬が原因なら石鹸でよく洗わなくちゃいけないな。

医者に処方されたものでかぶれてしまうということは、案外、落とし穴ちっくでありがちなことだとは、よく聞くんですが、ほんとにそうなのかどうかはパッチテストしなくちゃわかんないのですよね。それに、それを医者にいうのも、ちよっと気がひけるという。でも、マジで治らないしなぁ。薬を塗っていても治らないというのは変だよね。

「ノア 約束の舟」

ノアの方舟といえば、有名なので、ネタバレもなんもないとは思いますが、ネタバレしているので気をつけてください。

ノアの方舟。小学生くらいのときに読んだか見たかしたときの、おおまかなあらすじは「悪いことをする人間が地上にはびこってしまったので、悪い人間をすべて洪水で押し流してしまうことに決めた神様は、よい人であるノアに舟をつくって動物たちを守れと言い渡し、それを信じたノアは人々にバカにされながらも大きな舟をつくって、つがいの動物たちと自分の家族を舟に乗せて助かる」という内容で、教訓としては「善い行いをしなければ神の声が聞こえず、神の言葉を信じなければ救われない」だったように思うのですが、この映画のノアは、決して「善人」ではありません。
神の言葉と、神の摂理に従う人で、むやみな殺生は決してしない人ではあるし、殺された動物を食べることもしないけども←荼毘にふしてしまった。善人ではなかったです。神に背かない人間であるだけだと、ノアはいった。そのためなら人殺しすら厭わない。自分は善い人間なわけではない。息子たちも決して善人というわけではない。神が裁くカインの末裔たちと何ら変わらないという。それを知りながら、自分たち以外の人間を舟にのせることを拒むのですよ。
こうやって書いていて気づいたんだけど、
この映画って、ノアの箱舟としては新解釈なんかな?
いままでの解釈なら、こどものときに見聞きした内容そのままの筈だもんね。
息子たちも「つがい」だったのは長兄だけだったし。←聖書では息子たちには嫁さんがいた筈。カインの末裔たちは、ノアのいうことを信じてはくれなかった筈なのに、この映画では舟に乗ろうとしていた。長兄の嫁さんは、こどものときのキズが原因で「こどもの生めない体」で。ノアは「人間以外の動物たちだけが生き残る世界こそが、神の望む世界」と信じていたからこそ、大勢の人を見殺しにし、直接手にかけてまで殺したのに。こどもができない筈の嫁が懐妊したと聞いて「生まれた子が女だったら殺す」といったりする。←男だけなら人の血が絶えるからいいということ。
洪水シーンからつづく暗い方舟のなかでの家族のものがたり。
ノアが辿った心、選んだ結末、それらがすべて神の試練だったのかもしれないという述懐でのオチ。
なんというか、実に教科書ちっくな内容でした。
お勉強になった。
アダムとイヴのこどもがカインとアベルで、カインは嫉妬心でアベルを殺す。神はカインへの罰として「いくら耕しても作物を得られない」ようにしてしまう。ので、この映画で、人が住む場所は見事な荒野です。聖書だと、アベルは900年くらいは生きていて、ノアも長生きにも程がある長生き。この長生きできる種族?と、ふつうの人間が混在しているようにも見えたんだけど、そこはよくわかんない部分で。楽園を追放されたアダムとイヴを助けようとした罪で地上におとされた光の天使たちの活躍もありました。天使には見えない岩になってましたけど。
映像はよかった。けど、どこか淡々とした映画だったです。
エマ・ワトソンが長兄の妻を演じているんですが、美人だった……
母親のすごみまで演じられる年なんだなと実感したりして。
ハーマイオニーだったのに(!)

そういえば、カインとアベルが有名すぎて、3人目の息子セト(セツ、セス)の存在を知らなかったんですけど、ノアがセトの血統を継いでいるということは、いまの人類はセトの血統ということになるんだな、と。
いろいろ勉強になりました。
映画だから、もちろんフィクションまじってますけど。
いや、聖書がノンフィクションだと信じているわけではないんですが。
ロマンですよね。
昔の人類が900年以上の寿命をもっていたとか。そういうのがSFちっくで(失敬ですみませんが) あ。映画のなかでは、とくに年齢のことは出てきてませんけど。巨大な舟をつくるのは、人の手だけでは無理だったというのも、堕天使たちのおかげで無理なく見えたし、洪水のシーンも洪水がひいたあとのアララト山のシーンも(アララトだよね) スペクタクルでした。 

「超高速! 参勤交代」

佐々木蔵之介さんが好きなので、だからというわけではありませんが、みにいってきました(あれ、文章が変かも) 深川恭子さんが出演することは知らなかったので、途中、思いがけないところで思いがけない演技をしていて驚いたりもしました。芸達者すね(女優だしね)  人のいい貧乏大名のお殿様が参勤交代に苦慮するお話です。
にしても、参勤交代という方法を考えついたの、誰だっけ。いま調べてみたら、大元は鎌倉幕府らしい。幕府が周囲に御家人たちの居住区を設けて出仕させたのがはじまりで、制度化したのが家光のときなんですね。なるほどね。ちなみにこの映画の時代背景は亨保なので、将軍は暴れん坊将軍吉宗です。比較的、やわらかで清貧な時代ですね(比較的ね)
佐々木蔵之介さんは、湯長谷藩の藩主でした。湯長谷藩というのは、現在の福島県いわき市です。藩主はのんびりしていて、のぼうの城を思い出される感じ。その土地を愛してる。いじわるで(笑)参勤交代を命ぜられて、期日までに参勤できなければお家取り潰しとか横暴にも程があるけど、当時はそうだったんかいな。
コメディなので、楽しめます。いちいち笑えます。
ランキングで2位になっていてびっくりした。というか、アナ、すごい。まだ1位だなんて。
アナがいなければ、1位だったのに。
最近にしてはめずらしく満席で、客層もひろくて、いい感じでした。
楽しい映画でした。

「春を背負って」

木村監督作品。前作「剱岳 点の記」は、壮大な景色と男気あふれる骨太な作品でした。時代もちょっと古かった。明治時代のお話。測量の空白部分を埋めるために、信仰の関係から立入禁止になっていた剣岳に登るお話。こだわりの映画で、かなり丁寧につくられていて、景色の美しさと厳しさと寒さと冷たさが映像から伝わってきました。と、剱岳の感想は、コチラに書いてありますので、興味のある方は、どうぞ。

「春を背負って」は、山小屋のお話です。山小屋が登山者に果たす役割のようなものが描かれています。前作と役者がまったく違うんですがイメージは似てる役者さんが多いです。たとえば宮崎あおいが蒼井優とか。松田龍平が松山ケンイチとか。仲村トオルは今作にも出てます。けど、前作が男山なら今作は女山という印象を受けた。剱岳がゴツゴツと尖っていたのに対して、今作の山は比較的なだらかで稜線がなめらかに見えたってだけですけども(ただの印象です) 今作は立山の「大汝山」が舞台になっているそうです。あれ、やっぱり女山?(漢字が、なんとなく)

松山ケンイチって色っぽいのね。と、母が申しておりました(ぇ)
父は「もっと男っぽい映画だと思ってた」とか。ああ、剱岳なら男っぽかったのにね(劔岳のほうは、母とみにいったんですよね) 今回は両親といってきました。劔岳のときほどの壮観な景色はなかったんですが(あれは自然の奇跡の映像だものね) 山小屋で登山客の安全を見守っている姿を、すごくリアルに感じることができました。
食料を山小屋に持っていく大変さとか、何度も往復していたりとか、春になると雪に埋もれた山小屋を掘り出すのだとか、病人が出たら病院に連れていくことがいかに大変かとか、そういうのがとてもよくわかる。
山小屋に簡単な手術ができる医者がいたら、たしかに重宝するよなぁと思った。

タイトルから感じる印象のままに。
ほっこりと心があたたかくなるような雪解けのお話。
心の棘のようなものもとけていく物語。ほのぼのとした映画でした。
劔岳と対照的です。両方みることをオススメします。

Pagination

Utility

プロフィール

きいこ

ブログ内検索

全記事(数)表示

全タイトルを表示

月別アーカイブ

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。