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2013年の秋アニメ

アニメは、わりとよくみてます。
30分なので、ながら視聴がしやすいというのもあります。
以下、箇条書き。駆け足で(!) 時間がたつのが早いなぁ。

「マギ」
シーズン2。アニメがコミックに追いついてきました。追いこすことはあるんだろうか。ということでコミックも読んでます。シンドバッドの冒険もコミックで出ているんですよね。読みたいんですが、いつ行ってもレンタル中でチャンスに恵まれていません。ファンタジー。冒険もの。いまは主人公たちがそれぞれの道を究めようとバラバラに行動しているので、また再会するときが楽しみです。

「黒子のバスケ」
犯人、捕まりましたね。それとは関わりなくアニメはふつうに配信されていましたけども。これもコミックも読んでます。いろいろありえない技が多いですが、スポーツものは子供のときから好きです。スラムダンクも好きだったな。黒子のバスケは、戦隊ものを彷彿とさせるところがニクイ(ぇ) でも黄色は食いしん坊の位置なのにモデルでイケメンの黄瀬くんなんですよね。食いしん坊は紫にスライドしてる感じかな。そういえば「白」がいないような?

「ペルソナ4」
なんとなくみてる。ミステリーな一面もある。くまがかわいい。

「魔法少女まどかマギガ」
対象年齢は成人(ぇ) 深夜枠で放送されたことを考えても子供向ではないし、3話めでびっくりするということは知っていたので、そのつもりでみてました。絵柄があまり好きではない(顔の判別つきにくい)んですが、魔法少女に変身して魔女と対決するシーンのゴシック調の絵本の世界ぽい映像がめちゃくちゃ好きで(音楽含めて) うあ、なにこれ、センスいいな!と感心してしまいました。

以下、超ネタバレ。

ものがたりは思いっきりダークで、かわいい魔法ペットにみえるキュゥべえが、実は地球外生命体の侵略者であるというところとか、魔法少女との契約はその命をとりあげるところから始まるのだとか、初回から謎の魔法少女として登場する敵か味方かわからない「ほむらちゃん」が、まどかの命を助けるためだけに何度も同じ時をくりかえしている時間を操る力をもった魔法少女であることが終盤になって明かされたり(そこで初回からのほむらの行動がぴたりとハマる仕組み)まどかを助けるために時間を繰り返していたのに、繰り返すことで、まどかの素質が大きくふくらみ、通常ではありえないほどのパワーを生み出す結果になっていたり(よかれと思ってしていたことが反作用を生じさせていたという絶望) 初回から戦っていた魔女が、実は魔法少女のなれの果てだということがわかったりと、ダークな展開てんこもりです。とくに、かわいいペットにしかみえないキュゥべえの悪魔っぷりがおそろしい。感情をもたないし理解もしないから、何をどういっても伝わらないし、わかりあうこともない。最終話で、まどかの大きな祈りが宇宙の法則を変えたけど。ほむらちゃんに救いがほしかったなぁ。最終話でもまだ戦ってるし。

「革命機ヴァルヴレイヴ」
通称「ヴヴヴ」(笑) シーズン2。まあ、ふつうに「2期」というべきなのか。エルエルフのその後がみたくてみてました。いろいろツッコミどころ満載のアニメで、おいてかれた設定もたくさん(回収しそこねた伏線というか) あれ、あれはどうなったの?というところが、ちゃんとみていればいるほど出てくるアニメ。結局、銀髪のこどもは誰と誰の子なんだろう?とか。ショーコって、どうして「カミツキ」になっちゃったの?とか。カミツキってのは新しい人類(遺伝子操作でつくられた人類)で、ほぼ不死身なうえに不老不死。だけど定期的に人を捕食しないと生きていけないという設定。これとはべつに「ルーンを食べるマギウス」という地球外生命体もいるし、混沌としています。エルエルフが姫さん(リーゼロッテ)に向かって「俺に浚われてくれ」と激白するところがよかった。短い期間(2話くらいかな)のEDだったけど、そのとき流れたエンディングのイントロがドラマチックでよかった。結局、よくわからないストーリーだったけど。エルエルフだけはよかった(それが感想か…)

以上です。たぶん。よし、あとは来年にそなえて録画予約をするだけだ(笑)


みなさまも、よいお年を。

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2013年の秋ドラマ

あれ? 秋でいいんだっけ?と思ったけど、1月からのドラマは冬ドラマだもんね。
ということで大晦日に駆け足で。思いついた順にいきます。

「海の上の診療所」
残念ながら1話目しかみてませんが、Dr.コトーに憧れたちゃらい男の医師のお話、ですよね。松田翔太がなんだか別人に見えたんですけど、髪型のせいなのでしょうか。という感想しかないんだからラインナップしなきゃいいのに、すみません。思いついたもんで。

「リーガルハイ」
シーズン2。「半沢直樹」の堺雅人が演じている半沢とは似ても似つかないハイテンションな悪徳弁護士が、どう考えても犯罪者な依頼人を無罪にしてしまうところが反則気味で楽しいシリーズなのに、今回はそうでもなかったような? なんだかだ最後までみちゃったけど、檀蜜みたいなお色気っぷりの小雪が結局は「こどもを守りたい母親」であったというオチは、へんに私生活のイメージとだぶって感じられて、私としてはマイナス要因だったな。

「夫のカノジョ」
打ち切りだったそうですが、私は楽しくみてました。心と体が入れ替わっちゃうストーリーなので、そこは「ありがちなストーリー」ではあるんですが、家庭の主婦と正社員をめざす派遣社員が入れ替わるので(年の差20年)そのギャップと周囲とのもろもろの関係が面白かったですよ。それぞれにそれぞれの立場で打開策を見つけていくというのが。ベタな展開だったけど、ベタだからこそよかった。俳優もよかったので、打ち切りが残念でした。ただ打ち切りとは思えないくらい自然にものがたりが収束していたので、これはこれでアリだったんじゃないのかな。

「東京バンドワゴン」
カレが好きだったから一緒にみていたドラマ。なにげなく見ていたので内容に思い入れはないんだけど、大家族の、日常的なやりとりが楽しいドラマでした。って、感想短っ! すみません。

「安堂ロイド」
木村拓哉主演のアンドロイドもの。ついにアンドロイドになったか!という作品(ぇ) アンドロイドだから瞬きしません。その凝視するような大きな目がアンドロイドぽかったし、腹筋ないとそういう立ち上がり方はできないだろうというアンドロイドらしい立ち上がり方をしてました。視聴率は低迷したそうだけど、B級ぽいノリも好きだったし、沫嶋黎士の研究者らしい頭でっかちで言葉がともなわないオタクっぷりも好きだった。黎士が逝ってしまったあとの麻陽(柴崎コウ)の事あるごとに思い出して涙する様子もよかった。ほんとうにいないのか、ほんとうに逝ってしまったのか、きっと帰ってくる。私はそれを信じるとか、そういうロマンチックな流れもよかったんですが、沫嶋黎士の妹の七瀬ちゃんが、兄の一番の理解者で兄と同等かそれ以上の頭脳を持っているのに兄のかげに隠れて光ることができずにいるというところから、なぜ人格障害を持ってしまったのか、そこらの流れがよくわからなかった。もともとそういう人格だったとしか理解しようがなかったのが残念。七瀬ちゃんのもうひとつの人格が凶暴な殺戮者というのも使い古されたネタだったし。
大島優子が演じた七瀬ちゃんがよかったから活躍の場が増えたんだろうか。
最終話までみておいて何ですが、このドラマは7話めくらいまでがよかったです。

今季のドラマは全体的に「これ!」というのがなかった気がする。私的に。
「夫のカノジョ」を楽しんでみていたなぁというくらいで。

以下、番外ぽく。

「八重の桜」
完結。めずらしく主役の死で終わらなかった。八重さん、長生きだったもんね。
それにしても幕末の勇士が経験した戦の大きさに今更ながらびっくりした。戊辰戦争、函館戦争、西南戦争、日清戦争、日露戦争、そのあとに第一次世界大戦、日中戦争、第二次世界大戦。明治から昭和は戦争の時代だったんだなぁ。八重さんは戊辰戦争では銃を手に自ら戦い、その後は宣教師の妻になって同志社大学の創設に関わり、日清戦争のときには日本でハジメテの従軍看護婦として戦地に向かい、その後は女性でハジメテ茶道を極めたという。ハジメテづくし。すごい女性だったんだなぁと感心しました。前半は(いや後半も)八重の物語というよりも八重のお兄さん(山本覚馬)の物語になっていたけど、女性が活躍しづらい時代のなかで懸命に生き抜いた八重という女性を知ることができてよかったです。最終話には会津戦争のシーンが流れたので、時の流れを感じて、じんわりきたりしてました。
来年は官兵衛か。信長さんが出てきますね(そこか)

「ごちそうさん」
めずらしく毎朝みている朝ドラ。関東大震災がさらりと過ぎ去って、来年からは3人の子持ちになってるぽい。どこにどう収着するのか楽しみです。とりあえず疎遠になっていた父親と縁をつなぎなおすことができてよかった。近藤正臣さんは、じいちゃんになっても艶っぽいなぁ。

来季のドラマは「チームバチスタ」が楽しみです。
他はどうかなぁ。

一瞬後の惨劇を夢想する。

年末に何をという感じですが、横断歩道を渡るとき、階段をおりるとき、駅のホームで、踏切で、道路わきで、一瞬後の惨劇を思い浮かべるのって私だけでしょうか。一瞬後の死です。ここに車が猛スピードでつっこんできたら吹き飛ばされてあの電線にひっかかるか、高圧電線で体がちぎれてしまったりするんだろうか、とか。階段をいま踏み外したら下まで転げて首の骨を折ってしまうだろうか、とか。そういうのが文章ではなくて映像として頭に浮かぶんです。
いま後ろから突き飛ばされたら線路に落ちて電車に轢かれてしまうな、とか。停車している車のまえを横断するときにはこの車が急発進したら車体の下に巻きこまれてしまうんだろうなぁ、とか。もしそうなったらタイヤに轢かれないようにじっとしていたらいいんだろうか、いやきっと車体の下にある何かにひっかかってひきずられて結局は後輪で轢かれちゃうんだろうなぁ、とか。後部座席にこどもがひとりでいるけど、あの子が間違って車を動かしちゃったら車通りの多い道路に飛び出すことになって大惨事だな、とか(親はコンビニで買い物中で、幼稚園くらいのこどものためにエンジンかけっぱの車が大人がいない状態で停車していたんです)
痛いのはいやだから即死がいいな、とか。
いちばんいやなのは階段を踏み外して転落することなんですけど、駆け下りようとするとその映像が浮かぶんですよ。なにかの警告? かといって駆け下りるのをやめたりはしないんですが、一応、気をつけはするんですよね。車がつっこんできたらどうしようと思ったときは周囲に注意を払うし。まあ、なにかの防衛反応なのかも。

さて、29日です。年末です。やり残したこと満載ですが、もう何もできない(こら)
掃除は完了したけども。買い出しは31日だし。
計画的にやらないと年明けてから「あ!」とかなりそうです。
明日は日帰り旅行にいってきます。行先は日光三山。寒そうな。

そういえばフィギュアスケートですが。

オリンピック出場選手が決まったとき、高橋大輔が入っていてホッとしました。小塚くんは悔しい思いをしたに違いないんですが、彼らの無念を背負ってオリンピックまでの二か月、また戦わなくてはならない高橋大輔も大変だなと思ったり。女子のほうは村上佳菜子ちゃんが初出場だということにびっくりしたりしてました。
それにしても点数高すぎる気が……
羽生くんもだけど、鈴木明子さんも。たしかに感動したけど、フリーよりショートのほうが感動したし(あれは「愛の賛歌」のおかげもある。師弟愛を感じてジーンときたし)あれほどの点数はどうかと思った。どうなってるんだろう、採点法がよくわからない。でも、まぁ、またあのショートが見たい。
また見たいといえば失敗なしの高橋大輔のフリーがもういちど見たい。
だからオリンピックで見ることができるのがうれしいです。と、ソチとの時差ってどうなってたっけ。
真央ちゃんはトリプルアクセルにこだわらなければ高得点が狙えるのに、あくまでトリプルアクセルにこだわっているところがすてきに思えた。インタビューを聞いていると戦いよりも自分に挑戦しているという矜持がうかがえるし。点数よりも自分のめざすものを完成させたいという気概が感じられる。ソチを集大成にするつもりでいるんだっけ。
羽生くんは、キムヨナのコーチだったオーサーについてから高難度の構成で点数をとるようになったけど、その期待に応えてるところがすごいなと思う。個人的にはドラマチックだったロミオのほうが好きだけど、きれいな演技は見ていて気持ちがいい。というようなことを下の記事に追記していたんですが、なぜか消えちゃったので、あらたに更新。

「永遠の0」←ネタバレ

原作は読んでません。父がみたがっていたので親といっしょにみにいきました。うちの親は劇中の「清子」くらいの世代です。戦争にいったじいちゃんの娘くらい。でも戦中の話を親からあまり聞かされていません。戦争にいった人は戦時中のことを語りたがらないのです。だから劇中で、真相をつきとめられるまで口を閉ざしていたじいちゃんの気持ちがうっすらわかりました。心のなかに某かを抱えながら何事もなかったかのように過ごしている。それが戦争にいった人たちの日常です。くりかえされる言葉として「そして今ここにいる」というのがあったんですが、今ここにいることのできなかった人たちを思いはせることは、心に痛いことだったんだろうと感じされられました。

零戦といえば「風立ちぬ」もそうでしたが、零戦が出てくると「戦争を賛美している」と思われるものなんでしょうか。この映画をみていて感じたのは、戦争は「狂気の沙汰」でした。賛美もしてなければ、むごさを強調してもいない。淡々とした語りで構成されている。そこに謎解きが重なっているので、2時間半が短く感じられるほど中身の濃い映画になってました。

以下、あらすじに触れます。

まず舞台は2004年。物語を紐解いていくのは孫世代(姉と弟) 祖母の葬儀のときに「自分たちの母親には特攻で戦死した実の父親がいる」ことを知って、自分たちにとっては「実の祖父」にあたるその男(宮部久蔵)がどういった人物だったのか探っていく過程で、特攻で戦死した男であるにも関わらず「臆病者」といわれていたじいさんが、なぜ「死にたくない」といっていたのか、幾人もの人たちに話を聞くことでその理由を知り。だったらなぜ「特攻を選んだのか」という謎が浮かんでくる。必ず帰ってくると妻子にいっていた男が、自ら帰らないことを選んだ。その理由は、劇中では、はっきりと語られないままだったけど。
パイロットとしての腕はよくて、だからこそ高みから戦況を把握することができた。国のために死んでこそ。という風潮のあった時代に、なんとしてでも命を惜しみ、自分の死を悲しむであろう家族のためにも少しでも生きる努力をする。またそれを教官として生徒に。戦友として仲間に伝えようとする。最初は軽蔑されても、やがてそれが伝わっていく(伝わらなかった人たちには「臆病者」としか思えなかったんだろうけど)
私は、井崎が、宮部の怒鳴り声を思い返しながら懸命に泳いだという話を聞いて涙腺崩壊しました。語ったのは橋爪功さんでしたけど、映画のラストでは戦時中の井崎を演じた濱田岳さんが必死に泳いでるシーンがあって、また涙腺が…。というか、やたら泣きましたよ。べつに「泣け」といってる映画ではないのに。ただ「語ってる」だけなのに。
宮部を演じた岡田准一さんがとてもよかったです。
背が低いところが原作と違うだけで、雰囲気は宮部っぽかったとレビューにもありました。出演時間は思ったより短いんですけど、印象に残ります。戦況が悪くなるにつれて面変わりしてしまうんですが、そのシーンの頬のこけ方や、すさんだ目つきが、戦争のおそろしさを象徴していたと思います。特攻を決めたあとは、またすがすがしい表情になっていたので、すさんだ目つきをしていた短いシーンが乖離してる印象も受けたんですけども。
「生きろ」というメッセージが強く伝わってきました。

母も泣き納めしたといってたけど。私もやたら泣いちゃったなぁ。
泳ぐシーンがね…!(そこじゃないだろう!?とつっこまれそうですが)
エピソードやシーンがつながっていく感じがよかった。
とくにラスト近くに流れるシーンの連続と語りの重なりが怒涛のようで、そこに宮部の妻子を決死の覚悟で助け出した景浦(宮部に反発しながらもその生き方に共感していた?いまヤクザの男)のワンシーンがあればもっとスッキリしたのにと思ったけど(つか、待ってた。そのシーンがくるのを/笑) ラストのラストに宮部が特攻しながら口元をゆがませるように笑ったところで「狂気の沙汰」を感じて、ちょっと頭がくらっとしました。
零戦や特攻は美化されていません。
特攻してもそのほとんどが敵艦に近づくことすらできなかったと描写されているし、零戦がすごかったのはパイロットがすごかったからだと説明されてるし。ゼロだ。ミサイルがなんで当たらないんだ。魔法か!?と敵兵にいわれているのは、宮部が凄腕のパイロットだったからで零戦だからではなかったし。
原作ではどうなっているのかわからないけど。
特攻なんて自爆テロと同じじゃないか。と、嗤うのは、原作では「大手新聞記者」だそうだから、そこは協賛に大手新聞社があったから大人の事情で「何も知らない若者」になってたらしい。大手新聞社というのは朝日新聞ですよ(ぶっちゃけ) 特攻とテロの違いは、相手が軍艦か一般市民かだけど、その根底にある思想は同じじゃないかといわれちゃってたっけ。つまり特攻と自爆テロは「狂信」というところが同じだと。
狂信かぁ。
少なくとも宮部は「妻子のために」特攻したんではなかったな。
国のためでもない。
あえていうなら贖罪だったのかもしれない。
ただ、これは、フィクションです。(史実をもとにしたフィクション)
作中の登場人物である宮部がそうだったとしても、特攻隊員がそうだったとは思えない。劇中でも語られていたように「戻ってきたものと戻らなかったものには歴然とした違いがあって、その隔たりは埋められない」んだろう。なにをどう考えていたかなんて、本人にしかわかりませんもんね。

とりあえず、感想。ひとことでいうと「よかった」

久々に「戦火の勇気」をみたくなりました。

空中戦はすごかったです。
飛行機好きには堪らないかもしれない。というところは「風立ちぬ」といっしょ。

全日本フィギュアスケート選手権

みてます。(ここまで男女ともしっかりとみるのはハジメテかもしれない)
鈴木明子さんのショートプログラムでむやみに感動してしまったので思わずひとこと。よかった!(それだけ/笑) あれかな。女子の3枠は、いつもの3人になるのかなぁ。そのうち2人が今季で引退なんですよね。

さて、これから男子スケートのフリーだな。。(実況か)

住所録が消えた。。。

今年は最後の最後まで機械にたたられた一年だなぁとしみじみしたことに、年賀状印刷しようとしたら住所録が消えてました(!) やっと見つけたと思ったら最終更新日が2005年の住所録って……つかえなーい。
しょうがないのであらたに登録しなおそうかと思ったら、長年愛用していた「筆ぐるめ」の動作がおかしい。Win8にしたから? そんなことってあり? むかつく。。(こら)
そういうわけで、急きょ、年賀状印刷ソフトをネット検索してフリーソフトを入手。
使い勝手がどうのといっている場合じゃない。さっさと終わらせたい。
自分の年賀状だけなら、いっそ手書きでもいいくらいなんだけど、問題はカレのですよ。カレの。でも毎年思うんですよね。どうして、私、カレのまでつくってあげているんだろう?って。頼まれたわけでもないのに。というか、むしろ、やんなくていいといわれているのに(そういうわけにいかないでしょー、上司から年賀状きてるんだから年賀状で返そうよと毎年いってるのが私)ということで、今年は自分のだけにしておこうかなー、なんて思ってます。超絶、めんどくさいから。住所を打ちこむのが。重ねていうけど自分のだけなら手間じゃないです。みんな知ってる子だし、近況もわかってるから(結婚とか引っ越しとか) それに枚数も少ないから。
でも、カレのは会社関係ばっかで(あと親戚か?)私にはわかんない人ばかりで、いまはそこに住んでないとか、ここは奥さんが亡くなってるとか、そんな事情わかんないから、印刷したあとになって「間違ってる」だの「違う」だのいわれて印刷しなおさなくちゃなんないし。考えただけで、いやだ。
と、愚痴ったところで。
自分の分は、入力し終えました。うん。もういいや。いいよね(こんなところで同意求めてもな) そんなこんなで、いつになく、いや、いつも通りなのか、ドタバタしている師走です。

「ごちそうさん」は、関東大震災がきちゃったなぁと。
朝ドラだけはちゃんとみていたりして。

スコットランド。

好きです。スコットランド。一度は行ってみたい国。伝説の国だから。ロンドンにも行きたいんですけど、ホームズの国だから。でも実際に遊びにいった父いわく「ロンドンは暗かった」とか(実際に日照時間が短かったという意味で) それはともかくとして、スコットランドが連合王国から分離する国民投票とか。すごいなぁ。これでほんとに独立しちゃったら、あらたな歴史が拓けてしまうよね。大阪国も夢じゃないね(こら) 沖縄の工作も進んでしまいそうだよね(中国に乗っ取られそうという意味で)

イギリスの正式名称は「グレイトブリテン及び北アイルランド連合王国」だとか。「イギリス」ってどこから派生した国名なんだろう。ポルトガル語かオランダ語からか!(ウィキを見た)ということはずいぶん古くから日本では「イギリス」だったんだな。でも、なんとなく独立はしないように気がしてます。無理じゃないかな。いろいろと。火種が増えるし。そこまでの覚悟はないんでないかな。先のことはわかんないけど。明日の昼過ぎには、はっきりしそう。
独立しちゃったらユニオンジャックがどうなっちゃうのか気になるところだけど、きっと変わらないだろうなと。そう思えるのは、平和ボケの日本人だからだろうか。
気運というものは、どうしてもあるからわかんないけど。
民主党が政権とった時みたいに、ね。  

「利休にたずねよ」←ネタバレ【追記】

ネタバレに配慮していません(というか、なにがネタバレなのかわからない…)ので、お気をつけください。タイトルでわかりますが、利休のお話です。利休は海老蔵さんが演じています。ちなみに特別出演していたお父上(市川團十郎)とは最後の共演になりました。市川團十郎さんは、さすがの存在感でした。
海老蔵さん演じる利休は、佇まいのスッとした美しい茶人でした。所作が美しい。
もともと茶をたしなんではいたそうですが、今作のために猛特訓したのだとか。
それ以前に着物姿が堂にいっていて(あたりまえに)背筋がピシッとしてきれいだったです。足さばきとかも、ぱさっ、ぴしっ、すっ。と、音が聞こえてくるようでした(マジで)

さてさて。この映画ですが。
茶人、利休の切腹当日から遡って断片的なエピソードが語られていくので、時系列を考えるための一服が必要な場面がいくつかありました。ちゃんとみていたにも関わらず、この若者と高麗の姫って利休とどう関係してくるんだろう?なんて、あほな混乱をきたしたりしてました。若者が利休の若かりし頃の姿だと理解するまでに数分を要しちゃったのは、きっと何かを見落としてしまったせいにちがいない(テロップとか) 髪がふさふさだというだけで、若者が海老蔵さんだと気づくのが遅れたんですよ(!) 利休の楚々とした美しさとはかけ離れた粗野な女たらしのぼんぼんでしたし、ね。

そんなわけで、高麗の姫が出てきます。
李氏朝鮮王家の血筋と劇中でいわれていたけど、李氏朝鮮は高麗の次の王朝なので李氏朝鮮=高麗ではないんですよね。どういう意味合いがあるんだろう。日本的には「高麗」のほうが高貴に思われていたのかな。チマチョゴリを着たきれいでかわいらしい娘。年齢的にはもしかしたら15歳くらいの役柄だったのかも。堺の商家に囚われていた売られてきた姫で献上品として贈られる予定だった(扱いがひどく悪かった。土壁に囲まれた牢屋に入れられていたし) その姫に懸想した若かりし頃の利休は、その土壁のなかにある美。さびれた小屋のなかにあっても可憐に花を咲かせる美。牢から手をとりあって逃げながらも逃げきれず、海の近くの粗末な屋で、追っ手に囲まれながらの室内で、漢語で筆談をかわし(そういえば当時の朝鮮にハングルは普及してなかった) 心中するつもりが、姫に毒を飲ませたあとに、毒を飲むことができずに生き残る若かりし頃の利休。
悔恨、いかばかりか。
異国の姫との燃えるような恋は、その姫が儚くも美しい笑顔を浮かべて潔く毒を飲みこんだ瞬間、利休の茶とは切っても切れないものになったんだろう。けど、この映画をみていて、私が感じたことを正直にいうと、こういってしまっては何だけども「ああ。利休が俗物になっちゃったなぁ」でした。
表千家。裏千家。武者小路千家。この三千家がエンドロールで名を連ねていたけども、この内容でokだったの? ほんとに? 海老蔵の利休はたしかに美しかった。所作も素晴らしかった。若かりし頃の恋も、その結末も、それをひきずったまま懐にずーっと秘めたる思いを隠し持っていたことも、茶のたて方も、もてなし方も、曲者らしい頑固な印象も、すてきだった。けれど、利休の娘が自殺してしまうのも唐突ながら、秀吉が利休にたいして冷たくなるのも唐突だったし。利休がどうして秀吉に疎まれたのか。その経緯と推察を史実として知らないと、うん?となってしまう。いや、わかるんです。たぶん。みてるだけで、わかる。
信長は利休の描く美を堪能し、それを認め、重用していた(信長を演じたのは伊勢谷友介さんだったけど、神経質そうな顔つきがどんぴしゃだった。出演時間は短かったけど印象に残った)
天下人となった秀吉は信長と同じように利休を愛でようとした。けれど、利休の美を堪能することができない(利休は土壁と寂しい佇まいのなかにある一輪のつぼみとか欠けた壺とかに美を見出すけど、秀吉は派手好みで見た目に煌びやかなものしか受けつけない)ので、利休と向き合うたびに、ばかにされているような、見下されているような気持ちになったり。朝鮮出兵に反対する利休の影響力を怖れていたり。あるいは人心を掌握する利休を妬んでいたのかもしれない(秀吉は名うての「人たらし」だけど利休をたらしこむことはできなかった。むしろ、たらしこまれていたという描写もあった)けれど、利休の切腹を聞いて、高らかに笑ったあとで見当違いなことを吐くほどに秀吉をただの悪者にしたてあげることはなかったんじゃないか?とも思った。
あれではほんとに秀吉がただの大馬鹿ものに見える。
利休のわびさびの源流は、李王家の血を汲む売られてきた姫との出会いが土壁に囲まれた牢屋であったこと。彼女の口に合うように料理をつくり食べさせたこと。茶とともに毒を煎じて飲ませたことにあるという解釈。これを美しいとみるかどうかは人それぞれだろうけど、私は、なんだか残念な気持ちになりました。
こうであったわけがない。と、感じた。
ただ高麗の姫(両班の娘)がチマチョゴリ姿で片膝をたてて(朝鮮の作法のまま)その膝に手をかけた姿勢で片手だけで匙ですくったりしていたのが、毒入りの茶を飲むときには両手で器をもってしっかりと飲んでいたのには驚いた。まあ、そう持たないと落としてしまいそうな器なんだけども。
あと気になったのは、
献上品の女を連れ出して逃げたうえにその女を殺した若かりし頃の利休が何故なんのお咎めもなかったのか?ということなんだけど。映画だからはしょられてしまっただけで原作ではちゃんと理由があるのだろうか。それとも市川團十郎さん演じた利休の師匠がいったように「あの女の命には何の価値もなかった」から? 献上品としても、さほどのものではなかったから? うーん。わからない。

親といっしょにみにいったんですが「断片的すぎてわかりづらかったね」「昔の人のことだからどうとでも話がつくれてしまうね」という感想でありました。
美しい映画だったけど、なんだか、もやっとする映画です。

利休を題材にした映画のなかでは奥田瑛二が本覺坊を演じた『千利休 本覺坊遺文』が好きです。ちなみに利休は三船敏郎。武骨な利休でありました。三船さんの利休なら切腹を申しつけられるのも納得がいく(見た目が武士だから/こら) しかもこちらの作品には女優がまったく出てこない。男の世界。奥田さんの演技がすばらしい作品。見る人によっては退屈かもしれないけど、映像に映しこまれているさりげない侘び寂びの世界は、いかにも日本ちっくで、きれいです。

「利休にたずねよ」をみていたら「本覺坊遺文」思い出した。
映像の美しさでは、今作のほうが素晴らしい。発色が違うから。
でも、侘び寂びという観点でみると、本覺坊遺文の沈鬱な雰囲気には勝てない。

以下、他のレビューを読んでからの感想。


12月なので。

いろいろ掃除しているんですが、本来なら順番的に一番最後にすべき床掃除をはじめに手がけて、今日、終わらせちゃいました。床が一番めんどくさいから。物をどけて、拭いて、ワックスかけて、、、
まあ、これさえ済ませちゃえば、あとは楽だし。
とかやってたら自分の部屋がいちばん汚いとかやばいです。
ヤフオクとかで売るんじゃなくて業者に頼んでしまうこと考えたほうが早いんですよね。うん。そうなんですよねー。わかっちゃいるんですが、趣味的なものはヤフオクのほうが高く売れることを知っているので、どうしても時間をかけてしまいます。そんなこんなで自分の部屋だけは片づかないのでした。
来客があるわけでもないんで、そこは楽しているんですけども。

さっさと終わらせてゲーム三昧したい!(本音)

「ごちそうさん」

「あまちゃん」もみてましたが「ごちそうさん」もみています。出勤時間の直前までみれるので時間配分的にもちょうどよいのです。でも「あまちゃん」はリアルタイムではみてなかったです。つまり「ごちそうさん」のほうが続きが気になってます。東京から大阪に舞台をうつしているんですが、東京の桜子さんが大阪まで駆け落ちしてきてからは楽しいです。やっぱり東京編が楽しかったからなぁ。桜子さんと小説家のたまご(名前、なんだっけ)が、いいキャラしているので、面白いです。
めい子(「い」が旧仮名)が大阪にきたとき大正12年というテロップがあって。はじめて、関東大震災のあった年じゃん。って、びっくりしたりしてました。、関東大震災は大正12年9月なんですよね。いま大正12年の夏です。もうすぐなんですけど、あたりまえの日常のなかに、あの大地震の報がくるのかと思うと不思議な感じがします。あまちゃんもそうだったけど、主人公は別の場所にいて、あたりまえの日常のなかで唐突にあの出来事が起きるんですよね。天災なんてそんなもんですけども。
大阪にいたら別世界の出来事のように感じてしまいそうです。
いまよりずっとリアルタイムな情報が入りにくい時代だし。関東大震災のあとは治安が乱れて戒厳令まで出されたんだし。あの愉快な人たちが被災するのかと思うと、なにやら、ちょっと怖いなぁ。

プリンターが壊れたので買いました。

まったくもって機械にたたられた一年でありました。もう終わりだよね。終わってね。年初めに購入したスマホは初期不良のため交換になって、春に購入したPCはドライバの不具合で修理に出したあげく異常なしで戻ってきて(いまのところ確かに異常ないです/笑) 年賀状印刷があるから早めにチェックしておくかとWin8用のドライバをインストールして印刷を試みてみたら色のかすみ方が尋常でないことに気づいたという。
とくに黒が発色してない。これで年賀状印刷したら薄墨色になってしまう(裏面はともかく宛名が薄墨なんて縁起悪いだろう) インクをとりかえて試してみたけどやっぱりダメだった。←インクが無駄になった。高いのに。
で、Amazonで探してみたら、EPSONの型落ちが1万以下で出ていたので買う気になりつつ、しかしAmazonで買った場合、不要になったプリンター(正確には複合機)を下取りに出すことができない。処理代がかかりそう。ということで、量販店にいってみました。壊れたプリンターを車に積んで。
型落ちEPSONは当然ながら店頭に並んでませんでした。
しょうがない、Amazonで買うか。と、思ったら、Cannonの複合機が8000円以下で売ってるのに気づいて、いっそCannonにしてしまおうか!と。店員さんに「どうしてこれ安いんですか」と聞いてみたら、安いことには理由があったので(インクが一体型だから一色でもインクがなくなってしまうと全とっかえになるというリスクがあったので) 独立カートリッジインクの型を購入してみることに。
もう買ってしまいたかったので、ろくな交渉なし。
カレがどうして交渉しないんだというので「インクとセットで安くしてください」といってみたら500円ほど割り引いてくれました。ついでにUSBケーブルを500円(分のポイント)で購入しました。
無線LANでネット接続できるタイプです。
クラウドが使えてスマホと連携できるらしい。けど、考えたみたら、私にはいらない。
でも、べつにあってもいい。
ということでつなげてみました。前面で給紙するタイプはハジメテですが、用紙をセットしたままには絶対にできないので、ちょっぴり不便です(用紙をセットしっぱなしにしていたら埃が入るわけだからそれが正しいんですけども) ちなみに購入したのは「MG5530」
何年くらいもつかなあ。
EPSONは長くもったと思う。

「悪の法則」←ネタバレしてます

リドリー・スコット監督(「ブラックホーク・ダウン」など)の最新作。豪華な俳優陣が話題の映画で、映画館で予告をみたことがあったような、なかったような。みたとしてもちょっとしかみなかったので内容とかジャンルとかまったくわからないまま映画を鑑賞した結果。
意味がわからなくて。
ジャンルもよくわからなくて。前半は眠くて。意識が飛んでしまって。
「で、あの弁護士はどうして悪の世界に足を踏みいれちゃったの。誰かに騙されたの」と一緒にみた友人に聞いたら「わからないけど最初から悪だったみたい」という返事だったので、じゃあ、私は、意識が遠のいていたようでいて、実はちゃんとみていたのかもしれないと思ったりもしました(なんだそりゃ)

予告版や公式サイトの煽り文句は、
「それぞれの“欲”を持ったセレブ達が絡み合う「悪の法則」の世界」
「“悪の法則”を操る黒幕は誰なのか」
です。

この煽りだとサスペンスぽいですね。心理的なやりとりとか、どんでん返しとか、そういうの狙ってるように思えちゃいますね。思わず黒幕を探してしまいますよね。でも、この映画、サスペンスでも推理ものでも心理劇でもないですよ。あえていうなら、ちゃらい男の転落人生を描いた作品です(身もふたもない……)

この映画、製作者サイドの思惑で劇中のスペイン語に翻訳がついてません。主人公の弁護士がスペイン語を知らない設定ならともかく、主人公も理解しているようなのに翻訳がないので無声映画でもみている気分になります。状況と雰囲気で会話を察する感じです。まあ、そういうシーンは劇中のほんのちょっとですけども。
それから「悪の法則」という邦題にどんな意味が含まれているのかと考えたりしましたが、法則という言葉のなかに、本来「法律/法則」に沿った人生を送るべきだった弁護士(本作の主人公)を揶揄っているのかもしれないというところにオチつきました。
原題は「The Counselor」なので。
カウンセラーというと日本では別の意味にとられそうですけど(心理カウンセラーが浮かんでしまう) Counselorは米語で「法廷弁護士」(英国だとbarrister/バリスター)のことです。主人公はずっと「Counselor」って呼ばれていて、字幕では「先生」って訳されてました。あだ名のように呼ばれていたので、もしかしたら茶化されていたのかもしれない。
つまり「悪の法則」という邦題にはなんの意味もないと思ったほうがいい(結論)

この映画はR-15なんだそうです。性描写と暴力行為のせいですね。
というわけで、このレビューも、ところどころ15禁です。


以下、ネタバレ。超ネタバレなんで、これからこの映画をみる人はみちゃいけないです。上記の文章で興味もった人はみてくださいませ。この映画はサスペンスではなくて人生の哲学をまじえた一人の男の転落人生をつづったお話です。エスプリの富んだ小説らしい映画が好きな方は好きかも。

ということで、以下は、ネタバレ。+R-15。



意識を飛ばしながらも結構ちゃんとみてたっぽい私がしっかり覚醒したのはキャメロン・ディアスが雌豹のポーズでフェラーリのボンネットからよじりあがってきてフロントガラスにあそこをすりつけて男に見せつけるシーンの異常さに唖然としたときです。ミニ。下着をつけてない。ダンサーだから開脚できる。あとはご想像におまかせしますが(ぇ) 私は、それを見せつけられた男の心情に共感してました。これはいったい何だ。生々しい。気持ちが悪い。見たくない。でも目がそらせない。異様な光景。この女は何をしているんだ。そんな感じ。つまりセクシーではない。劇中で見せつけられた男はこの女の恋人なんですが、茫然としていて、あまりのことに幻覚かと思った。産婦人科と同じ。セクシーじゃなかった(感じなかった) あの女は怖い。とかなんとかいうときに、黒幕が誰かってのはわかるんですよ。キャメロン・ディアス演じる「マルキナ」です(ぶっちゃけた) けど、黒幕が誰かというのはあまり重要ではないので、むしろ最初から彼女が「そう」なのだと思ってみたほうがわかりやすいかもしんない。と、みおわってから思った。

マルキナは獲物を狩ることは食欲と肉欲と同じ。という女で「お腹ペコペコ」というセリフをよくいってました(二度くらいだったかもだけど妙に印象に残ってる) マルキナの恋人のライナーはチーターを2頭飼っていて、うさぎを狩るチーターをマルキナと草原で眺めているシーンもあったし、マルキナの仕草はさっきも書いたけど雌豹みたいだったので、それを意識していたのかもしれない。
つまりマルキナはチーターのように純粋に狩りを楽しんでいるだけ(チーターは食べるために狩ってるんだと思うけど。飼いならされたチーターは厳密にいえば食べるために狩る必要はないから、あれは本能なんだろう。その証のように、飼い主のライナーの新鮮な死体があっても肉を食むことはしなかった)
欲しいものを強欲に手に入れるだけ。
「あなたが最後を迎えるとき、私はいないわ」
といいきったりもする。見切るのも早い。恋人への愛があったかどうかもわからない。

前半、意識が飛んでしまったのは、会話劇だったからです。
エスプリのきいた妙におしゃれな言いまわしのセリフがつづいて、そこに含蓄があったり、揶揄があったり、風刺があったり、忠告や、人生の哲学までまじったりしてた。

サスペンスだと思ってみたら違うじゃない。と、思うにちがいない作品。
最近、洋画の予告につく煽り文句が、映画の内容を知らないひとがつけたんじゃないのかと思うくらい、内容からかけ離れている気がする。絶対。もったいない。でもそれに釣られてみにいく人がいるからこそ興行利益が生まれるのかな。でも悪評がたったら損じゃないのかなぁ。
サスペンスじゃないよ。つまんないよ。ってなっちゃうじゃない。

これは、一見賢そうなエリート弁護士が、そんな大層なことだとは思いもせずに実に軽い気持ちで悪事に手をそめてしまって、最悪な事態に転がり落ちていく話なんです。
メキシコとアメリカの国境は実際にこういった犯罪の多い治安の悪い地帯で、治安が悪いといったってそこまでではない日本に住んでいる日本人には、ファンタジーの世界かと思うくらいの別世界なので、自分のことのようには実感できません。主人公が味わう恐怖も正直なところ共感できない。

心から愛する女性ローラ(ペネロペ・クルス)との結婚をひかえて、疵の少ない透明に近い超高級なダイヤモンドを買ってしまう弁護士先生。そのとき宝石商がダイヤモンドの価値について語るんですが「ダイヤを見るときにはその輝きや美しさではなく欠点だけを見ます」「透明であるほど価値が高い」「またダイヤは警告の石ともいわれています」とかなんとかいうんですが、これきっとたぶん含蓄がある(!)
ダイヤ=女 なのかもしれない。
純粋で美しいローラなのか毒素たっぷりなマルキナなのかわかんないけど。
このての「警告」を弁護士先生はことごとく無視するんですよね。
超高価なダイヤの指輪をローラに贈って、そのダイヤのために(たぶん)金欠になった弁護士先生は、マルキナの恋人ライナーに麻薬ビジネスをもちかけられて「いいかも」とか思っちゃって、仲介人のウェストリー(ブラピ)と知り合って「利益率がいいよー」とそそのかしれたりもしたけど、このウェストリーは「麻薬カクテルは弁護士には厳しい」とか「あんたの知らない世界があるんだ」とか「あんたはもう足をつっこんでる」とか「最悪の状況だ」とか「やつらは偶然を信じない。意味も知らない。自分は無関係だなんて甘いことを考えるな」とか「スナッフフィルムを知ってるか。あれを見ただけで共犯者になる」とか、その後の展開にかかわる忠告や警告を、ウェットに飛んだ断片的な会話で弁護士先生に語るんですが、弁護士先生はそのことについてあまり重く受けとめているようには見えなかった。現実のこととして実感してなかったふうで。
いろいろ甘かったんだろう。
自分だけじゃなくて、周囲にまで及ぶ危険について考えてなかった。
その時点で考えたところで、なにもかも遅かったけど。

ちなみに「スナッフフィルム」は「殺人映画」と訳されてました。検索すると出てきます。

「スナッフフィルム(Snuff film)は娯楽用途に流通させる目的で行われた実際の殺人の様子を撮影した映像作品を指す俗語」(ウィキより)

ウェストリーは「若くてきれいな女が泣きながら首を切られていた」「その首なし死体を男がふぁっくするシーンまで収録されている」「金を払ってまでそれをしたいやつがいる」「首なし死体にするのに、わざわざ綺麗な娘を選んでいる」というようなことを淡々というんですが、これが伏線だということは、すぐにわかる。この映画は、このての伏線だらけです。
ローラの死の場面がなかったのはよかった…けど、想像すると、きつい。

逃げ隠れているはずの弁護士先生のもとに届けられた郵便物は、DVD-Rで。
それを受けとった瞬間、この先生は泣き叫ぶことしかできなかった。自分の居場所を知られてしまっているという恐怖よりも、DVDの中身が何か(ローラのスナッフフィルム)ということがわかっての叫びに思えた。けど、それだけだったな。これ、見たのかなぁ、中身。なんだか見ちゃいそうな気がするよ、この人。
というか、この先生、そんなことの連続だもの。
超高価な疵ひとつないダイヤモンドを購入して。商談を持ちかけられて承諾して、いわれるままに仲介人と会って話をして、運び屋と知らずに少年なのか青年なのかを釈放させて(唯一、弁護士らしいシーンだった) その運び途中のブツを盗まれたと知った麻薬カルテルに、やっぱり悪徳弁護士だったかと断定されちゃって、こいつは最悪の状況だと仲介人にもライナーにもいわれ、誰かがカルテルに情報を流しているといったのはライナーだったかな。まあ、流していたとして、あやしいのは、マルキナだけど(実際、流していたんだろう)

物語は、いたってシンプルに破滅へと向かっていくわけです。

もう選択することはできない。あなたが選択すべきだった時はずっと以前にあった。もう選べない。と、弁護士先生が電話をかけた相手にいわれるんですが、その相手というのは「ユルナンデル弁護士」 助けてくれそうでいて、助けには決してならないセレブな弁護士さん。
この人との会話で印象に残ってるのは、
「そろそろ電話を切るよ。仕事があるし、時間が許されるなら昼寝もしたい」
です。
弁護士先生の悲惨な状況とは別世界にいる対極的な弁護士って感じがして、いっそう憐れだった。でも、私、このユルナンデス弁護士がナニモノなのか、わかりません(ぇ)

主人公が逃げこむのはメキシコの町。
治安の悪さは、まるでアメリカのスラム街。
バーの店主が「店じまいするんで」といい「外は危険だ。もう夜だ。連中は動くものを撃つんだ」と忠告するんですが、弁護士先生はもちろん無視します。外へ向かう寸前の会話はスペイン語だったのでわかりません。ネットで調べれば出てくるのかな。で、調べてみたら、とくに物語には関わりのない日常会話でありました。

長くなったけど。
この映画は、選択を過てばその人生は愚かなものになる。ということがテーマなのかな。
うん。たぶん。きっとそう。

エンドロールのあとに短い時間だけテロップが出てくるんですが、日本語訳がついてないのでいったい何なのかわからず、何か重要なことでも書いてあったのではないかと気になったのでネットで検索して答えを探してしまいました。どうやら配給会社による海賊版撲滅キャンペーンの一環として「この作品が正規に配信されることによって、○○人が○○時間分の雇用を得ることできました」みたいな文章が書かれていたようです。

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