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桜をみにいきました。

去年は上野に行ったので、今年は目黒川です。
テレビでは連日のように「桜の開花が例年より早く…」「日曜は天気が悪いので土曜日に花見を…」「金曜には満開」とかやっていたので混むだろうなぁ思いつつ。見たことない&たぶん今後行かないであろう花見スポット目黒川にいってきました。美しかったです。あれは目黒川を船で渡りたくなります。桜のトンネルには入れないのが残念でした(橋から見える景色はきれいだけど) 上野に行ったときも思ったことですが「ソメイヨシノってきれいだけど花びらが白すぎるんだよなぁ」でした。八重桜のほうがピンク色で私は好き。
上野は桜のトンネルが短いのでそこに人が集中していてものすごい混雑ですが(パンダの厩舎なみに「立ち止まらずゆっくり歩いてくださーい」「立ち止まらないでくださーい」といわれまくりの見学なので、桜見てるんだか人だかりを見てるんだかわかんない状態になるんですが) 目黒川は延々と川沿いに桜並木が続いているので人が分散されていてそこそこ歩けるし、店がずーっとあるので食べものには困らない。シャンパンも洒落たプラスチックグラスで販売してるし(500円~1000円という高値ですが)お団子は美味しかった。ただ上野のように欄干も電線もない桜並木というわけにはいかないので、座った状態で見事な桜を見上げることのできるスポットは非常に少ないんだな。というわけで、お団子とか食べながら桜を眺めてぼんやりというのはできなかった。橋の上は絶景の撮影スポットだから飲食しながらのんびりはできない。
早朝ならできる、かもしんないなぁ。

今日は風が強くて肌寒かったので薄着の私は「さむいさむい」いってました。でも外は寒いけど屋内に入ると暑くてたまらなかったです。暖房ききすぎ。エコじゃない。

というわけで、桜の写真。

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美しい…
桜はきれいだなぁ。

今年はいつもより早く咲いているから来週にはうちま近所にある桜をめぐってみたいなぁと思っています。地元の有名な桜を見たことがないので。ただ桜が咲く時期と花粉症がひどくなる時期が重なるのがいつもいつも困る…。目がしんどくて。これさえなければ春は大好きな季節です。

とかやってたら深夜だ。寝なくちゃ。

このあと中目黒に戻るのがめんどうだったので途中で渋谷行きのバスに乗って急きょ渋谷にいきました。渋谷の桜も満開だったなぁ。めったにこない渋谷。「どこが有名な交叉点なの」「駅前の109のところ?「そうそう」「ここ」「思ったより小さい」というのが親子の会話。上から見てみたいなぁと外国人観光客のようなことをいうのでスタバに行ってみたら満席でした(どこもかしこも~)
そして中目黒と渋谷が近いということは、やはり微妙に遠い場所なんだわと再確認。
しかも渋谷はあの例の東横線がつながったりとかしているので、びっくりするくらいの迷路状態。常磐線に行きたいのに、どう行けばいいんだ?とぐるぐる。そもそも東口から西口ってどう行けばいいんだ?でぐるぐる。わかりづらいというか、遠くなった気がするうえに導線がぐちゃぐちゃで人にぶつかりやすい… もともと渋谷は街中もひどくて縦横無尽に人が行き交うので、正直、ずっと苦手な街です。

以前よくライヴハウスに通っていたけど、開演時間に間に合わなくて駅から猛ダッシュしたいのに、なかなか明治通りに抜けられなくて焦った記憶が蘇ります(いろんな方面に向かって歩く人が多くて走れない…)

でも桜はすごくきれいだった。いってよかったです。
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「プラチナデータ」←ネタバレかな

いつから二宮くんのファンになったんだ?という勢いで初日からみにいきました。いや、好きですけどね。二宮くんは。にしても、初日か! さすがに人が大勢きてました。年齢層も若めでした。で、感想は…ひとことでいうと「残念」でありました。

「彼は天才科学者だった。連続殺人犯のDNAが自分と一致するまでは…」という煽り文句のとおりに前半は彼の天才ぶりと素晴らしいDNA科学捜査システムが紹介されていきます。映像は美しいし、近未来なシステムという感じがして、すてきでした。なにより二宮くんがきれいだった。メガネかけてスーツ着てると頭よく見えるね…!(こら) まじめに、かっこよかったです。二宮くんが演じていたのは、一人称が「私」の天才科学者、神楽 龍平。国民すべてのDNAを集積することで、いつどんな犯罪をおこそうとも、DNAさえ採取できれば100%犯人を特定できるし、冤罪は0%だと主張し、そのためのシステムと法律をつくろうとしている中で、仕事上のパートナーである天才数学者が連続殺人と同じ手口で殺され、その犯人として(システム的に)特定されてしまい、逃亡者に転落するというお話。逃亡しながら真相に迫っていくというお話でもあったかな。というか… DNAで特定するのって危険じゃない? 冤罪0ってありえなくない? だってDNAを残しておけば冤罪をつくれるじゃない。毛髪とか唾とか精液とかそういうのをわざと残しておけばどうなのよ。と、いま思った。

以下、ネタバレしてます。
まだ初日なのであんまりネタバレしたくないんですが、思いっきりネタバレになると思います。知りたくない人は、ここまでにしておいてください。ちょっと原作ネタバレもまざってるかもですが、私は原作を読んだことがないので、ほぼ、ウィキを読んでの感想+妄想になってます。














原作は読んでないので、原作との違いはわからないんですが。たぶん小説ならこれでいいんだろうけど、映像にするなら、もうちょっと構成というか、見せ方というか、えらそーですが、組み立て方というか、そういうのを変えてもよかったんじゃないかなと思いました。小説なら後からわかってもいいだろうことが、映像の、しかも映画だと時間的にも短いですし、その短い時間で明かされる事実が、あまりにも軽く感じられて残念すぎる。

内容的には、いつかどこかでみたような…という感じだし。定番だし。定番だからこそ、見せ方を、こう、もうちょっと、こう! なんとかできないものなのかと…!
私としてはサスペンスを期待していたんですが、みてみたらラブロマンスに近いものがたりになっていたような? いや、散漫としていて、わかりづらかった。どこかにピンポイントでスポットをあててほしかった。豊川さん演じる刑事とのやりとりがメインなら、そこだけを中心にしてほしかった。これは、たぶん、そうだと思っていたら違った!というふうに二転三転するお話なんだと思うのに、なんでだか転がってる感じがしなかった。なんでだろう。そうだったのか!ってびっくりできなかったんですよね。
まず、DNA検索システムには欠陥があった。その欠陥に気づいた天才数学者が別のシステム(パッチのようなもの)をつくりあげることに成功した矢先、殺害されてしまった。仕事上のパートナーでしかない数学者の死体を見ても眉ひとつ動かさない科学者の神楽は、犯罪者を特定するつもりでDNAの検索システムを起動させて、ほぼ100%「自分」であることを知る(小説だと死体の服に付着していた毛髪からDNAを採取してるんだな? 映画ではどうだったっけ。実は異常な眠気のせいでところどころ記憶が飛んでます…) そんな…こんなこと、ありえない…と、つぶやく科学者。そして何かに気づいたように突然逃げ出して、警察機構に追われることになって。その後はアクションシーンの連続です。なかなかに派手な逃亡劇。自分を追いつめる刑事に「殺したのは私じゃない!」と叫ぶ神楽。そんな神楽の言葉を裏付けるように実は「神楽は二重人格」であったことを、その主治医から聞かされる刑事。(二重人格かよ!と、がっくりくる私/笑) でも二重人格のどちらの人格も攻撃性は持ってない。一方の人格は「リュウ」と呼ばれている。リュウくんはやさしくてちょっと小動物的なかわいらしい男の子で、左利き。絵が上手。そして殺された数学者の女の子とは恋仲だった(これも謎の一部だったのかもしれないけど、もっと早くに。むしろ冒頭で仲睦まじいふたりの映像があってもよかったと思う。それなのに殺害されても平然としている神楽というのがあれば、あれ? 同一人物じゃないのかな?というふうに考えることができるんじゃないのかな) 刑事は、犯人が自分で自分のDNAを解析するなんて「変だろう」とまず気づき、DNAの検索にひっかからない「ノットファウント(NF)」のデータに疑問を抱き、警察機構のおかしなところに疑念を抱いて、神楽に対して親身になっていき、最終的には自ら手助けをするようになるし。神楽は、数学者がデータ化した筈のプラチナデータのパッチ「モーグル」が何かわかれば、真相に近づけるのではないかと奔走する。神楽とリュウはコンタクトがとれないので、リュウの記憶が神楽にはなく、数学者と恋仲だったリュウにこそ、そのデータが手渡されていたとは思いもよらない。そして、ついに姿をあらわす黒幕…!という、流れ。
黒幕も「やっぱりね」という感じだったな。
なんで、こんなに散漫としていたんだろ。恋愛ものならそれはそれでそれらしく、サスペンスならサスペンスに、アクションならアクションに。がつっと、すっきり描いてほしかったなぁ。原作がどうなのかはわかんないけども。なんか残念だった。なんだろう、この、残念な気持ちは……
DNAが一致したのは誰かの改竄とかではなくて、恋仲のリュウが神楽の知らない間に数学者と仲良くしていて残した毛髪だったからで。数学者がつくった「モーグル」は、DNA解析にひっかからないデータ(これを「プラチナデータ」というらしい)を抽出するプログラムだった。その「プラチナデータ」というのは官僚や政治家、名のある科学者など偉い人たちの親族や家族のデータで。それが検索にひっかからなければ、類似の遺伝子として抽出されることもなく、身内に犯罪者がいても完全に隠すことができるというわけ。だからこそ偉い人たちはDNA法案に賛成したというからくり(こう書いても、やっぱり、ありがちだよね…) 連続殺人犯は当然のようにシステムに護られていた。それを暴いてみたら、予想外の人物がヒットした。それが、黒幕。ふむ。
いろいろと散りばめられた設定があって。ちらちらと語られるんだけども。それらが掘り下げられるまえに、あっけなく殺されてしまう人物が多すぎる。数学者もそうだし、神楽を助けようとするプロファイリング研究者の白鳥もそうだし、いろいろ。ああ、ウィキで確認してみたら、黒幕は原作では男性で、映画では女性になっていたんだな。女性に設定変更したことで殺す動機のようなものが軽くなっちゃった感じがする。あとリュウの恋人は「スズラン」という名になってるんだけど。スズランって誰。もしかして数学者「さき」の別称?なのかな。きっと、そうなんだろう。小説では「スズラン」と「さき」が同一人物であるというところが謎だったのかな。どうなんだろうな。というか、それなら、もう恋愛ベースにしちゃえばよかったのになぁ。なんか散漫としてたんですよね。ちっとも共感できなかった。
残念すぎる。もったいない。
原作では男性である黒幕は「電脳トリップ」という脳に直接作用するドラッグのようなものを研究して、それを使って人間の行動を自由に操ろうと企む狂った天才科学者だったらしい。実験に使った人間を射殺してた連続(婦女暴行)殺人者でもある。そしてその男を射殺した「リュウ」の動機は、映画みたいな動機ではなくて、おそらく恋人のスズランを殺されたことに対する怒りだったんではと思います。そのほうがスッキリする。

二宮くんの演じ分けは自然で素晴らしかったです。どちらもエキサイティングな性格ではないふたつの人格。それが変わる瞬間がわかるんだから、ほんとに上手だと思う。ちょっとまえにみたイ・ビョンホンの演じ分けより正直いって上手だった。さりげない変化がよかった。最後のシーンはとてもわかりづらかったけど、結局、消えてしまったのは「リュウくん」だったということだったのかな。右手でめがねを外していたんだから、あそこにいたのは神楽なんだし。映画では人格が共存してるのかもと思わせられるけど、どっちか消えないかぎり統合されないもんね(記憶がひとつにならない)
主人格が実は「リュウ」だったというのは面白かったけど、神楽のほうがつくりものめいていたから(一人称がずっと「私」だし)途中から「じゃないかな」と思っちゃってたし。意外ではなかったなぁ。 

か、かゆい…

顔と背中がかゆいです。顔は花粉が触れてくるからしょぅがないにしても背中は何でなんだろう。以前からですけども、背中の痒みがいちばんきついです。こういう作業してるときも痒みがおさまらない。背中が痒いと夜もうまく眠れなくなります。花粉で鼻もおかしいし咽喉も痒いし。うーん… こういうときはアタラックスPか。
いや、しかし、すでにもう抗アレルギー剤を2種類飲んじゃってるんだった。
どうしよう。
やめておくかな。明日、働けないと困る(忙しいのわかってるのに眠くてたまらんとかやばすぎる)土曜の夜にでも試してみようかな。ちよっとは楽かもしれない。薬を塗っても痒みは増すばかり。理由はわかんないけど、たぶん、すべてが刺激になっているんだろう。こういうときはカラーリングもしないほうがいいということはわかっているので、ほんとは美容院に行きたいんだけど、我慢。今月中は我慢するかな。ああ、痒い。いまはオデコが痒い。あれ、もしかしてシャンプーのせい? うん?(たんに髪が触れるから刺激になってるだけか)
花粉のせいで過敏になってるわけだ。
アレルゲンが体内に入るといろいろ物質が放出されてそうなってしまうらしいです。
いま私が気をつけたいのは肥満かな(ぇ
食べすぎ注意。
抗アレルギー剤とか飲んでると満腹中枢がおかしくなるのか食べたくもないのに食べちゃう傾向が…そして気持ち悪くなーる。いけない。いけない。
ああ、痒い。痒いなぁ。どうしてくれよう。この痒み。
掻いちゃダメ。
背中をなんとかしたいです。

すごい風。

台風のようでした。あれで雨が降ったら暴風雨。午前中から電車が動かなくなって帰宅時には「運休」「遅延」だらけです。空は黄色くて、なんとなく世界が粉っぽい。どこぞの国から飛来した物質なんかも混じってるのかもしれませんが、とりあえが花粉を防ぐためのマスクとメガネは必需品です。メガネは、ものもらいのせいで、度つきのものを着用しているんですが、部屋用であまり度数をあげてないメガネなので正直なところ遠くが見えません。かけないよりは見える。けど、コンタクトほどは見えない。たぶん両目で0.7いってません。
おかげで患者さんの口のなかを見るときも近づけないと見えない(ぇ)
がん見です。ああ、そうそう、近眼って、こんな感じなんだったと、今さらに体感中です。コンタクトレンズをつけてるときは、むしろ遠視気味だからなぁ。しかしこんなふうにいろんな度数のものを使っていたら、目の筋肉が退化してしまいそうです。見えなくても補ってくれるはずの脳もうまく働いてくれなさそう。
ものもらいが治ったらコンタクトに戻さなくちゃ。
患者さんにも「あれ、メガネ?」っていわれちゃうし。
思いっきり、ごついメガネですみません。
でも、本来、メガネはかけてなくちゃいけないんですよね。うちらみたいな仕事なら。なにしろいろんな物質が飛び交ってるから(金属とかいろいろ)それで勤務したばかりの頃は、だてメガネをいつもかけていたんですけど、うっとーしくて外しちゃって、外しておくのがあたりまえに…。でも、まあ、だてメガネをいつもつけてるくらいがちょうどいいのかもしんないと、メガネですごしていて思います。楽だから。
しかし、だてメガネもごついんですよね、私が持ってるのって(安いやつだからか…)
話がずれちゃったけど、
春は風が強いものだけども、ちょっと加減してほしいなと思った日でした。

ものもらいができた。

久しぶりに。
この春先になりやすいんですよね。理由は花粉症のせいですよ。目をこするからですよ。わかっちゃいるけど痒いんだ…! たぶん汚れた手でこすったのが原因なんでしょう。昨日から「ちくちく」してたから、ああ、やばいかもなぁ思っていたんですが、今朝起きてみたら腫れてて、ああ、やっぱり!って。
んで、ネットで検索しました。
「ものもらい」で。
そしたら予測変換のごとく「ものもらいを早く治す方法」がトップに。みんな考えることは同じなのね。で、検索してみたら揃いも揃って「ものもらいには温湿布!」って記事ばかり。手っ取り早いのはタオルをあたためてまぶたにあてることらしい。まるで朝起きたとき腫れぼったい目をスキッとする方法みたいなんですけど、背に腹はかえられない。痛いし。なにより腫れてるのはみっともない。ということで試してみました。熱湯に浸すとか書いてあったけども、濡らしたタオルをレンジでチンのほうが早いし安全です。30秒でいいし。
でもね。
ものもらいって細菌感染なんだから、あたためたら逆効果なんでないのかなと、ちらりと頭によぎったんですよ。療法としては抗生剤の投与が一番だとは思うんですよ。でも民間療法も試してみたかった。薬がないときの緊急手当てみたいなもんですし。で、やってみました。火傷しないように気をつけながら。
したら、まず、気持ちがいい!
痛みがひく。
そればかりか腫れもひく。
どうして? わけがわからない。でも、すごい楽になる。
なんだろう。つまった腺がひろがって通りがよくなるんだろうか。
私としてはなんとなく「ものもらい」ってまぶたとか目のふちにできる「にきび」だと思っていたんですけど、それなら「にきび」もあたためたほうが早く治るんだろうか? 検索してみたら、あたためると赤みがとれるらしい。なんで? にきびって痒みもともなうことがあるからあたためると痒みが増しそうな気がしなくもないんですけども。目は…花粉症シーズンで痛くてたまらんのですが、あたためたタオルはひたすら気持ちいいだけだったな。明日もやってみようかなと思ってます。
まあ、抗生剤も服用しているんですけどもね…(笑
なのでこれで早く治ったとしても抗生剤のおかげなのか蒸しタオルのおかげなのかは謎ですが。やってみた感じでは、大変、気持ちがよいものでした。
と、薬、飲み忘れてるかも。飲まなくちゃ。

「遺体」

どうしよう。見る? でもきっと痛いよ。泣くよ。でもやっぱり見なくちゃいけない気がする。見ておこうか。覚悟を決めて。そうしよう。うん。そんな会話をかわして友人と観にいった映画です。
つくられたものだけどセンチメンタルじゃない。そこにあったのは現実で、淡々とした映像で、ドキュメンタリーでもない。実際の映像は何ひとつ挟みこまれていない。衝撃的な地震の瞬間、津波の様子などは、まったくない。だけど、ずっと、何かしら涙がとまりません。
いろんな世代、いろんな立場の人が見ても、何かしら共感できる映画です。
3月11日14時46分を境に変わる日常。電気がつかないからテレビもラジオも情報を発信しない。何があったのかわからないけど、何か大変なことが起きてしまった。それまで市民の日常的なほのぼのとした苦情なんかを受けつけていた役所の女の子が遺体安置所にまわされる。町のお医者さんや歯医者が検案や検歯のためにきてくれないかと要請される。民生員の相葉さんは自ら遺体安置所となった廃校(中学校)に出向いて、泥だらけになった校舎とそこに雑然と置かれている遺体をみて「なんだこれは」とつぶやいたりする。隅っこで茫然と立ち尽くす職員たち。津波がきて海側が呑みこまれてしまったことはわかってはいても、遺体が次から次へと運びこまれてくる現実。その遺体を運んでくる市の職員、自衛隊員、警察関係者、みんな無言です。母親がどうして娘を助けてくれなかったんだと職員を責めるけど、どうして自分だけが助かってしまったのかと自分を責めているのがわかる。葬祭関連に勤めていた相葉さんは、死後硬直した体は筋肉をほぐせばやわらかくなるんだと、閉じない口は閉じるし、ゆがんだ顔は元に戻るし。お化粧すればきれいになるんだと、ひとりひとりに声をかけて、ものいわぬ遺体を人としていたわりつづけるんですが、あれは、もし、そこにいるのが自分の身内だったら、知人だったら、きっとしていることなんですよね。こんなところにいたんだね。時間がかかっちゃってごめんね。寒かったでしょう。うちに帰ろうね。遺体をものとして扱わない死生観というか。だから発見した遺体も積み重ねたりしない。効率がとても悪くても重ねないんです。
みながら現実問題として遺体を発見したら身元確認してそのあとは火葬して埋葬するものなんだけど、それがスムーズにいかない日常のなかで、そういったことに全力をつくした市の職員やボランティアや派遣された人たちや葬儀社の人、火葬場の人などがいたんだなぁって。お棺だってあたりまえだけど事前に用意してあるわけじゃないんだし。これは記録映画なんだと思った。そのとき現地にいた人が目にした光景で。だけど、メディアの記録としてはあまり残らなかった映像なんだそうです。役者さんには自由に演技してもらったのだとプログラムには書いてありました。だから台詞とか動作とかはアドリブも混じっているそうです。市の職員の女の子を演じていたのは志田未来さんなんだけど、志田さんは泣きの演技がうまくて、だけど泣く瞬間には背中を向けちゃうんですよね。ずっと落ち着いていた歯科助手も(歯科衛生士かと思ったけど、歯科助手だった)知人の遺体を見て、張りつめていたものが切れたみたいに声をあげて泣いた。相葉さんを演じた西田さんは、遺体のあるところに土足であがることができなくて、靴を脱いで、ずっと裸足でいた。食べるものがなくて、米もない。ぴんぽん玉みたいなおにぎりが貴重な食料だったり。なんだか戦場みたいだなと思ったとき、原爆が投下された広島はどうなふうだったんだろうかと飛躍したことを考えたりしました。
まだ終わってないよね。まだ、たった2年なんだし。これからも起きるかもしれないし。明日にも我が身に起こることかもしれない。舞台が釜石だったので。震災前に訪れたことのある町だったので。宿泊したホテルもちらっと映っていたりしたので、よけいに。震災がおきる前だったので、辛口なことを書いちゃってるけど、ホテルのお兄ちゃんにはとても親切にしていただいて、駅まで送ってもらったりしたんですよね。いまサイトを確認したら、復旧に向けて工事中で、別館は営業してるって…! すごい。よかった…

ちなみに、当時の日記は、コチラ。
宿の運転手さんにはほんとによくしてもらったんですよ。ことごとく閉館とか休業とかしていたので運転しながらあの橋はどうとか要所案内してくれたりして。あのときはほんとにありがとうございました。ご無事かなって心配していたら、釜石市を撮影した個人の動画のなかに姿を発見して(ホテル前で掃除してた)ほっとしたりしたのも、2年まえのことなのか…。

釜石のホテル(陸中海岸グランドホテルです)の部屋から見た港の景色。
写真があったのでアップしておきます。

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朝の景色。ホンモノはもっと綺麗。 ↓

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